第10回前編:基礎知識の「縦糸」と動的視点の「横糸」~法科大学院に進むあなたに

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法学部から法科大学院に進学すると・・・

卒業論文指導もひと段落したある日、法科大学院への進学が決まった法学科4年生*1から、こんな質問をもらった。
「横田先生も10年前は法学部から法科大学院へ進学したんですよね・・・?法科大学院ってどんなところですか?学部とはどう違いますか?」
もちろん、質問した学生も、法科大学院がどのような制度のもとにあるのかはわかっているはずである。質問の意図を問いただしてみると、「講義を受けてみた感想」や、「具体的にどのように学んでいたのか」を聞きたいようだ。
既にこの連載では、第1回【後編】と、第6回【前編】において、学部と法科大学院の違いについて説明してきた。
第1回後編:思考の流れを押さえる~実務家・研究者がやっていること - タイムリープカフェ
判例は「異常事態」から生まれるということを、法科大学院で気がついた


第6回前編:学部生には見えない世界~法科大学院、博士課程でみえてきたこと - タイムリープカフェ
法科大学院は「動きのある流れ」に対応する力をつけるところ

以上のうち、第6回【前編】で指摘したことを、改めて項目だけ確認してみよう。

1)「止まっているもの」から「動いているもの」への変化
2)手続を流れで覚える重要性
3)あこがれている対象(法曹や研究者)も、同じ「人間」であること
4)「リサーチ」の手法を訓練する

端的に言えば、法科大学院は「動きのある流れ」に対応する力をつけるための訓練を行うところである。そうなると、「判例」や「学説」に対しての考え方が学部の勉強とは少し違ってくる。
第10回では、学部までの法学学習を「基礎知識の縦糸」、法科大学院での学習で身につける視点を「動的視点の横糸」というたとえで紹介し、どうすれば縦糸に横糸を絡めて漏れのない生地を織ることができるか、すなわちどうすれば漏れのない知識と視点を身につけることができるかについて考えていきたい。

法科大学院の講義とは

すべての科目が「少人数ゼミ」?

法科大学院での講義を、法学部教育しか受けたことがない方にわかりやすく説明しようとすれば、「全ての大教室講義が『少人数ゼミ』化するんだよ」というたとえになるだろう。受講生はただ教員の説明を聞いてノートを取ればよいのではなく、事前準備と発言を求められるからだ。
法科大学院の講義では、あらかじめ配布された課題についている質問や教員がその場で発する質問に受講者が口頭で答え、それに対してさらに教員が応答する対話型(双方向)講義、いわゆる「ソクラテスメソッド」による講義が行われることが多い。その他にも、少人数型の演習や実務科目等がある。
学部段階で少人数ゼミに出たことがないと、対話型講義には違和感があるかもしれない。また、少人数ゼミに出たことがあっても、毎日「20人以上の学生が見ているところで当てられる可能性がある」という緊張感に、ついていけないかも・・・と思っている人もいるかもしれない。また、後で説明するように予習がとても大変でなかなか追いつかないので、目をそらしてしまったり、なるべく当てられないようにひっそりしている学生も多いという。
しかし、なぜこのような講義形式をとっているのかについて、考えてみたことがあるだろうか。自分が当てられたときにどうすればいいのか、他の人が当てられて答えているときに自分は何をすればいいのかということについて、よく考えてみよう。

法科大学院における対話型講義の例

そのためにも、まずは対話型講義の例についてご紹介しよう。

対話型講義の予習課題

法科大学院の講義では、テーマ毎に収集された裁判例の抜粋とそれに関連する設問や参考文献をまとめた「ケースブック」というタイプの教材を用いることが多い。
例として、稲葉馨・下井康史・中原茂樹・野呂充(編)『ケースブック行政法<第5版>』(弘文堂・2014年)の出版社ウェブサイト内紹介ページの内容説明を見てみよう。

内容:法科大学院で学ぶべき行政法のスタンダード、最新版!

 全国30校近い法科大学院行政法担当教官が、全員で共用する「標準」テキスト作成のため結集。旧版以降の重要判例を【重要判例】に10件、【判例の概観】には29件加え、大幅なアップデートを図った最新版。
 20の主要テーマごとに、判例の流れを概説した【判例の概観】、押さえておくべき判例が厳選された【重要判例】、教室での双方向授業を可能にする難易度のついた【設問】、予習・復習の手がかりになる【参考文献】で構成。法科大学院におけるスタンダード・テキスト、内容充実の待望の新版。
目次:
1.行政立法と条例
 [判例の概観](1)法規命令 (2)行政規則 (3)手続的統制 (4)条例
 [重要判例][設問][参考文献]
2.行政処分
 [判例の概観](1)取消しと無効の判別基準 (2)職権取消しの許容性 (3)撤回の許容性
 [重要判例][設問][参考文献]
(中略)
判例索引】

このケースブックを用いる講義の予習としては、【判例の概観】という解説部分と、裁判例の事案と判決文がまとめられた【重要判例】、そしてそれに伴う【設問】を読んで、【設問】に対する答えを考えてくることが求められる*2

予習課題の設問

予習課題の設問は、幾つかのレベルに分かれている。前掲『ケースブック行政法<第5版>』の例(「1.行政立法と条例」の【設問】(44-45頁))を示しつつ、確認しよう。

1)前提知識を確認する問題

最初の設問は、その講義項目や事例に対応するための前提知識を確認する問題であることが多い。
たとえば、『ケースブック行政法<第5版>』では、第1問から第3問として、基礎知識を確認する一行問題が付されている。

第2問 法規命令と行政規則の違いについて、具体例をあげて説明せよ。また、行政規則に法規性が認められない理由を説明せよ。

2)事例を読み込むためのステップを示す問題

次のレベルの問題として、事例を読み込むためのステップを示している問題がある。たとえば、特定の判例を取り上げて、その事案はどのような特徴があるのか、第一審・控訴審最高裁で理由が異なる場合は、なぜそうなったのかを説明させるような問題である。
『ケースブック行政法<第5版>』では、第5問の前半はそのような問いかけになっている。

第5問 判例1-4(サーベル登録拒否事件)とその第一審判決は、いずれも原告の請求を棄却しているが、銃砲刀剣類所持等取締法14条1項の解釈は異なっている。この点を説明した上で、最高裁の多数意見と反対意見の対立点はどこにあるのか、整理せよ。(後略)

このような設問は、一見「判例を読めば誰でもわかる」問題に思える。しかし、実際には、意見の違いに着目しつつ、それがなぜそうなっているのかを考えさせながら読む予習を要求しているため、思った以上に時間がかかることが多い。

3)その論点が問題となるような事案を解決することを疑似的に行うための問題

さらに進んで、実際に事案を解決するためにはどのようなことを考えなければいけないかについてまで考えさせる問題がある。
前掲の第5問の続きは以下の通りである。

(第5問続き)また、古式銃砲が日本製に限定されていないことと対比しながら、登録規則4条2項の妥当性を検討せよ。

さらに、別の問題では、仮想的ではあるものの、実際の主張を検討させるものもある。

第10問 判例1-7(阿南市水道水源保護条例事件)の事案において、控訴審で条例の違法性が争われた場合、当該地方公共団体の代理人は、どのような主張をすべきだろうか。

これらの3段階のレベルの問題を、すべての受講生が既に検討してきていることを前提として、実際の対話型講義は行われるという点が、学部までの講義とは大きく異なっている。

講義の進行例

実際の講義では、これらの設問を問いかけながら進んでいく。実際に講義が始まる前の受講生の心境としては、3)の問題は難しいとしても、1)と2)の質問は、準備さえしていれば、なんとか答えられる・・・ように思える*3。しかし、実際にやってみると、1)や2)に対する回答もうまくいかない場合もある。
上述の第2問と第5問について、仮想的なやりとりを作成してみたので、お読みいただきたい。

教員「行政立法の前提知識として、第2問を確認しておこう。ではAさん、法規命令と行政規則の違いは何ですか。」
A「法規命令は、法規たる性質を持つ定め、行政規則は、法規の性質を持たない一般的な定めのことです。」
教員「法規って何?行政規則はなんでその性質を持たないの?」
A「法規とは、国民の権利義務の内容を変動させる内容を持つ規範です。行政規則が法規の性質を持たないのは、法律の委任を受けていないからです。」
教員「どうして、委任を受けていることと法規たる性質の有無とがつながるの?」
A「え、あ・・・うーん・・・」
教員「委任を受けていないのに、委任を受けないと書いてはいけない内容の下位規範を書いてしまうことだってあるから、発想の順序が逆転しているよ。『法律の留保』や『法律による行政』との関係を確認してみよう。~(以下、教員による説明)」

教員「第5問は、サーベル事件についての質問だね。これ、何が問題になっているの?Bくん。」
B「第一審と最高裁とでは、銃刀法14条1項の『美術品として価値のある刀剣類』についての考え方が違います。第一審は『日本刀』だとしていますが、最高裁は『どのような刀剣類を・・・登録の対象とするのか』など、登録の基準についても専門技術的な裁量があるとしています。」
教員「そうだね。・・・ところで、この事件で問題になっている条文は法14条2項だけかい?」
B「いや、銃刀法登録規則の4条2項も・・・」
教員「その法的性質は?」
B「え・・・『規則』っていうから・・・」
教員「名前に『規則』ってついていることと法的性質とは関係がないでしょう。せっかく、Aさんが確認してくれたのに」
B「あ、これ、法規命令です。法14条5項で、文部省令に委任されています」
教員「もう一度最初の質問に戻るよ。何が問題なの?この事案。どうして、第一審は法の「刀剣類」の解釈としても『日本刀』だとしたの?最高裁とは何が違うのか、もう一度説明して?」
教員の心の声(うーん、裁量の有無だけじゃなくて、登録規則4条2項の「刀剣類の鑑定は、日本刀であって」という、「日本刀」への限定をしてしまっていることの問題性に気がつかないかなあ・・・設問後半で対比している規則4条1項の「古式銃砲」は海外製も想定しているから、気が付きそうなんだけどなあ・・・)

この二種類のやりとりから、問題点を二つ取り上げてみよう。

対話型講義から露呈する問題

対話型講義では設問に基づいて順々に当てていくのだが、当てられたほうはどぎまぎしてしまって、不十分な返答をすることが多い。その返答を聞いた教員は、どの点が不十分なのかを学生本人に気がついてもらえるように、さらに質問をする。しかし、実際にはさらに慌ててしまうばかりで、うまく答えられないのである。
第2問について質問されたAさんは、法規命令と行政規則の違いについてきちんと調べようと頑張ったようではある。しかし、教員からの質問(法律の留保との関係など)は予期していなかった。この質問は法規命令と行政規則の区別の基準となっている「法規」という概念を体系的に理解しているかどうかを別の角度から聞いただけなのだが、そのことにAさんは気がついていない。
第5問について質問されたBくんは、設問の指示通り、最高裁と第一審の違いについては指摘できた。しかし、そもそもこの事案で前提問題となっている、登録規則4条2項の問題性(法14条は「美術品として価値のある刀剣類」としか書いておらず、文言だけ読めば海外様式のサーベルを必ずしも排除していないのに、登録規則4条2項は日本刀以外については考慮していないこと)に気がついていない。そのため、教員に何を聞かれているのかがわからなくなってしまっている。

学部までの講義と法科大学院の講義の違い

以上の対話型講義での問題点は、法科大学院での講義が「静的な知識」、すなわち前提となっている基礎知識だけでなく、実際の事案を分析していく際の「動的な視点」についても聞いていることと関係がある。

学生の準備と教員の意識のギャップ

学部生のときの癖なのか、学生は「問われたことに答えればよい」と考えがちであるが、教員側は複数の考え方があり得ることを踏まえ、「この事例では何が問題になっているのか」、「基礎理論や一般論との関係でこの事件はどのように位置づけられるのか」を常に考えている。そのため、前提知識を確認するにしても、少し角度を変えた質問をしてみたりして、学生が真に理解しているかを確認するように努めている。
また、判例や架空事例について聞いているのならば、事前に与えた設問で聞いていることだけでなく、その事案について検討しなければならない様々なステップについて理解しているかどうかを確認するための質問も行う。それが、学生側からしてみれば予想外であり、何を聞かれているのかがわからなかったり、慌ててしまって答えられなくなり、ますます講義に苦手意識をもってしまうのである。

基礎知識の「縦糸」と動的視点の「横糸」

実は、Aさんに期待された答え(「法規」とは何か等)は、学部の講義でも通常教えていることである。おそらく、Aさんも学部生のときにはどこかで学んだはずだし、択一式試験等では正解の選択肢を選ぶことができるくらいには、知識としては持っているはずである。しかし、それだけでは実際に「使える」知識にはならない。実際の事案を前にして、「ここで問題になっている『登録規則』とやらは、法的性質としてはどのようなものなんだろうか?」という疑問(これはBくんが聞かれた問題でもある)を考える際に、「ところで、法規命令と行政規則って何がどう違うんだっけ・・・」というように、既存の基礎知識を物差しとして、検討のための指針を決めなければならない。ある事案についての方針を決める瞬間に基礎知識を正確に過不足なく頭の中から引き出すことができるようになってはじめて、基礎知識の学習が実際に「使える知識」として身についていると確認できる。
法科大学院の対話型講義は、今まで知っているはずの基礎知識という「縦糸」に、動的な視点で「よくわからないもの」に対して性質決定を行うときに必要な観点、すなわち動的視点の「横糸」をからませていく作業を、教員との対話を通して練習していくものである。

予習量が段違いに多くなる

そのような形で行われる対話型講義を受けるためには学部までの予習とは比べものにならない質・量の予習が必要になることには、もうお気づきだろう。
大まじめに上述の第2問、第5問、第10問に対応しようと思えば、以下の予習をしなければならない。

1)基礎知識の「縦糸」に漏れがないかを確認する

第2問は、第1章の対象である「行政立法」について基本的な知識を有しているかを確認する質問である。もし、この問いに対して要点を押さえてすらすら答えられないようならば、行政立法という部分の知識が欠けている可能性が高い。また、上述のAさんのようにならないためには、行政立法に関連してどんな質問があるか、他の部分との関連性(通常、「法律による行政の原理」という話題は「行政立法」とは離れた箇所で説明されていることが多い)も検討して、そこの基礎知識が欠けているようならばそれも確認する必要がある。

2)取り上げられている判例や架空事案を読む

ケースブックには判例複数抜粋されて掲載されている。その載せ方は様々だが、学部生が判例教材としてよく利用している有斐閣の「判例百選」シリーズよりも詳しく紹介されていることが通常である。とりわけ、第5問のように下級審と最高裁の違いや、最高裁判決の多数意見・補足意見・反対意見の対立軸を見抜くような設問がついている場合は、どこにその対立軸があるかも見極めなければならない。
学部までの判例教材の使い方は、ある学生の表現を借りると最高裁判例の規範だけ覚える」という読み方*4になっている人が多い。その判例の存在を知っているかどうかだけを問われるような試験にはそれで対応できるかもしれない。しかし、ここから先は、「この判例の存在を前提に、この先どう考えるのか?」という視点で考えなければならない。その視点で同じ判例をもう一度読み直すと、今まであまり気にしていなかった事情や判決理由まで視野にいれなければならなくなる。

3)設問に答える

1)と2)とを踏まえつつ、設問に答えていく。このとき、単に「なんとなくわかる」だけでは講義で当たったときに答えられないので、答えの要点を書き出すところまではしておかないと怖い。端的にポイントを答えられるような準備ができているだろうか*5

多くの人は一度挫折する

ここまで読んできて、鬱々とした気分になってしまった進学予定者も多いことだろう。実際、書いていて私自身も鬱々とした気分が蘇ってきた。法科大学院に進学して授業進行が本格化すると、全ての科目について2)・3)の動的視点(横糸)予習が半端なく分量が多い上に、今までの学習の穴を埋める1)の予習(実質的には復習である)も負けず劣らず多く、回らなくなってしまう。
私が見聞していた範囲でも、5月のゴールデンウィーク中に出される課題をこなすために無理をしたせいで、6月に体調を崩す学生が多かったように思う*6。つまり、冒頭のイメージ画像でいえば、赤い横糸を繰る人も大変だけれども、青い縦糸を張り直す人も大変だし、さらには時間を管理する人も慌てている。そんな状況が法科大学院既修コース入学生を待ち受けているのだ。

次回予告

怖がらせてばかりでも仕方がないので、次回第10回【後編】では、対話型講義を受講するときの心構えと、そもそもそこまで忙しい法科大学院生活にどうやって適応すればよいのか、時間管理・体調管理についてのコツを述べることとしよう。

第10回【前編】まとめ

  1. 対話型講義では「学生にとっては予想外」な質問も飛んでくる
  2. 動的視点を身につけるための訓練として挑もう
  3. 予習には「今までの知識の再確認」まで含まれていることに気をつけよう

*1:千葉大学法経学部は学科制をとっており、法学科は他大学の法学部とほぼ同じようなカリキュラムである。

*2:なお、科目によっては、ケースブックを用いるのではなく、事例演習型になることもある。これも、架空の事案と、それに関する設問がついているというパターンである。こちらは、関連する裁判例を自ら調査することも予習範囲に含まれるため、本文で説明したケースブックを用いる講義よりも予復習に時間がかかることが多い。

*3:もっとも、全ての講義がこのような進め方なので、予習課題の総量が多く、「準備さえしていれば」という前提をクリアできないことも多いのだが・・・。

*4:この学生がいうには、判例が当該事案を超えて適用可能なようにみえる一般論を述べているところを「規範」と呼び、個別の具体的事情について検討するところを「あてはめ」と呼んで区別しているようである。「規範」という用語をこの意味で用いてよいかについてはやや疑問があるが、本稿では割愛する。

*5:第7回【後編】でもふれた通り、少人数ゼミのように周りの学生も聞いているところでは、ポイントを押さえて話すようにしないとなかなか伝わらないことに留意してほしい。なお、「他の学生が答えているときにどのようにノートをとるべきか」については次回(第10回【後編】)で触れることにする。

*6:私自身も、入学直後、既修者コース必修科目の予習と、それと並行して受講していたドイツ語文献購読の予習が回らなくなり、午前3時就寝午前7時起床という生活を繰り返した結果、一度体調を崩して演習を休む羽目になった。

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