第7回前編:「調べ物」の難しさと必要性を学ぼう~少人数ゼミのすすめ

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大教室講義・少人数ゼミ・自学の「法学学習のトライアングル」最終章

連載開始から半年が過ぎ、折り返し地点がやってきた。新学期が始まるタイミングでもあるので、今回は少人数ゼミについてとりあげることにしよう。この連載では、「法学学習のトライアングル」として、大教室講義・少人数ゼミ・自学の3つをバランス良く行き来する学習を勧めている(大教室講義については第3回【後編】で、自学については第5回【前編】で詳しく述べた*1ので、参照していただきたい)。結論を先取りする形になるが、少人数ゼミは、大教室講義や自学で身につけた知識をもとに、議論したり、調べ物をしたり、報告したりすることで、それらを生きた知恵として身につけていくトレーニングを積む場である。

少人数ゼミで行われていること

すでに第4回【前編】のアウトプットの心がけでも少し紹介したが、ここで改めて、少人数ゼミで行われていることについて、確認してみよう。
今年、法学学習におけるゼミ(ゼミナール、演習科目も含み、ゼミと呼ぶ)について、詳細に説明する本が出た。ゼミではどのようなことが行われるのか、どのようにレポート(リポート)を仕上げれば良いのか、どんな調べ方があるのかを丁寧に解説している。民法の先生方の手によるものだけれども、それ以外の法律科目においてもほぼ当てはまることが書いてあるので、手にとっていただきたい。
田髙寛貴・原田昌和・秋山靖浩『リーガル・リサーチ&リポート』(有斐閣、2015年)
リーガル・リサーチ&リポート | 有斐閣
『リーガル・リサーチ&リポート』の第2章によれば、よくあるゼミ形式として、裁判例を素材とする「判例研究」、法律学に関する特定のテーマを素材とする「テーマ研究」、架空の事例問題を素材とする「事例演習」の3つが紹介され、どのような内容が行われているのかを、著者らの専門である民法を素材に解説されている。法学部でのゼミ形式授業は、おおむねこの3つのどれかに当てはまるものが多い。

少人数ゼミは怖いところ?

私自身、法学学習が楽しくなってきたのは、少人数ゼミで教員や学生と一緒に報告し、調べ物をして、議論をし、レポートを書いたという体験がきっかけとなっている。ところが、教員になってから学生に話を聞いてみると、「ゼミって何をやるのかわからないから怖い」「グループワークが面倒」「勉強不足だから議論するのが怖い」など、ゼミを履修しないままに卒業する学生もいることがわかり、驚いた*2。教員としての立場からしても、10年前にゼミを通して法学学習が楽しくなってきたという「先輩」の立場からしても、このように考えている皆さんに、少しでもゼミの楽しさと意義を伝えたい。
そこで、ゼミではこんなことがあるんだよ、という話をしようと、試しに法学系の学部2年生に話をしてみたところ、もっと手前の段階で戸惑っていることがわかった。そこで、この第7回【前編】では、私が初めてとったゼミと同じ形式である「判例研究」ゼミというのはどういうことをする場なのか、法学学習におけるゼミの役割とは何なのかということを、学部2年生とのやりとりで気がついた素朴な疑問に答えつつ、私が「はじめてのゼミ」報告でしでかした大失敗を紹介することを通じて考えていこう。これは、ゼミにおける発表・報告をする立場の学生視点ということになる。そして、第7回【後編】では、ゼミで他の学生の報告を聞く立場(聞き手、質問者)の学生に向けて、どんなことを考えると面白くなるのかを示したい。とりわけ、現在私が開講しているゼミで、どのようなことを行っているのかを紹介し、その狙いについて述べることで、様々なゼミの形、ゼミ参加のありかたについて考えていくことにしたい。

ゼミ報告における最初のハードル

ゼミをとるべきかどうか迷っている法学系の学部2年生数名に、「私が最初にとったゼミはこの中でも判例研究タイプだったね」と述べて、前掲書を紹介したところ、思いがけない質問が返ってきた。それは、「判例を研究するって、どういうことですか?」という問いである。よくよく聞いてみると、法学学習で判例を覚えなければならないということ、判例には「射程」というものがあるということはなんとなくわかっているものの、そもそも「判例」がどこにあるのか、何を読めば「判例を研究」することができるのかについてはまったくイメージを持っていないことがわかった。

判例評釈」と「判例そのもの」の区別

「それじゃあ、皆さんが思う『判例』って何?」と逆質問したところ、学生が取り出したのは、「判例百選」シリーズのうちの一冊であった。法学初学者の場合、「百選」を読むだけでも大変なことであり、そこで立ち止まってしまうようだ。有斐閣判例百選シリーズは、法学の大教室講義で、テキストとしての教科書と共によく教材として指定されるために、学生にとってはなじみ深い判例教材である。また担当教員によっては別の判例教材を指定することもあるだろう。
しかし、それらは「判例そのもの」ではない。くだけた言い方をすれば、判例を構成している文章(判決文)を読み込み、大事なところをまとめ、それに対して解説を付けたスタイルの文章が法学の世界には存在する。これを、判例評釈」(はんれいひょうしゃく)という。「判例百選」シリーズは原則として見開き2頁、5000字程度で一つの判例を紹介し、解説するという学習者向けの(極めて短い)判例評釈をまとめたものである。判例評釈には種類があって、学習者向けの短いものから、20000字を超えるような長大な研究成果としての判例評釈もある*3
判例研究」型のゼミでは、自分が担当する事件について、単にまとめればよいというものではない。その事件の判決文(第1審・控訴審・上告審すべて)はもちろんのこと、その事件について書かれた判例評釈も収集し、その事件で問題になった論点についての論文や書籍も探してくることが当然の前提になっている。
そのため、上で紹介した『リーガル・リサーチ&リポート』は大きく2編に分かれており、第1編は「法律学の表現と議論<リーガル・リポート>」として法律学の文章の作り方やゼミの進め方を解説し、第2編では「法律学の情報調査・収集<リーガル・リサーチ>」として、法令、判例、文献の調査方法を解説しているのである。具体的なやり方やその内容については、本書の記載が丁寧かつ必要十分な優れたものなので、そちらに譲ることにする。

11年前の大失敗

本書に出会ったとき、そして学部2年生から上述のような質問を受けたときに、「この本が11年前にあればなあ」と深く感じ入った。私自身、学部3年生ではじめて受講した民法ゼミで、大失敗をやらかしてしまったからである。3人一組でとある判例について調べてくる、という課題が与えられて、2週間必死に頑張った。はじめて「判例データベース」というものをさわり、判決文と評釈とが違うということがなんとなくわかり、評釈に書かれたことをまとめておそるおそる報告したところ・・・・・・報告後の議論で、とんでもないことがわかった。
対象の判例は、私の記憶が確かならば、株式会社の政治活動に関する判例だったはずであった。しかし、私が参照した評釈のほとんどは、憲法学の研究者が「政治活動の自由」の観点から書いたものであった。指導教員は民法の立場から、法人の権利能力や目的による制限についての議論について深掘りすることを期待していたようである。今にして思うと、民法のゼミだったのだから当たり前のことなのだが。両者の議論の区別がついていなかったのだなあと反省してしまう。「同じ事件について議論しているのになんか違うことを言っているような気がする」と違和感は持っていたものの、そのことが意味する内容に気がつかなかったのだから。
ただ、もうひとつ反省すべき点は、判例データベースなどの道具を使いこなそうとするのに必死で、その中身が意味するところの分析まで時間が回らなかった、ということである。当時も、法律の文献調査や判例調査についての指南書はあったはずである。しかし、それがゼミでの自分の課題との関係でどのような意味を持つのかがまったくわかっていなかった。
また、調べたつもりになっていても、議論していくうちによくわかっていないことが明るみに出てしまったことも、大変だった。上述の「株式会社の政治活動」という問題についていえば、憲法民法、そして商法(当時まだ会社法はなかった)の関係がどうなっているのかなんて、ゼミに出るまではまったく考えたことがなかった。さらに、「調べきった」と思っていた論文や判例評釈でさえ、もっと深く読みとくべきだったということを議論相手のゼミ仲間(学部4年生の優秀な先輩だった)からも指摘されてしまった。
こんな風に初めての報告では赤っ恥をかいてしまったわけだけれども、このことがきっかけとなって、ゼミというのは今までの大教室授業とはまったく違う角度からの勉強をするところなのだ、ということが身にしみてわかったのである。

法学学習における少人数ゼミの意味

ここまでの失敗談を踏まえて、少人数ゼミが法学学習においてどのような意味をもつものなのかを考えてみよう。

ゼミとは「調べ物をする必要性」に迫られるところ

自分自身もいまではゼミで学生を指導する立場なので、11年前の大失敗を踏まえて、学生にどんなことを体験してもらうべきかについては、当初とても悩んだ。教員の立場から、11年前の大失敗を振り返ってみて得た貴重な示唆は、「ゼミは、『調べ物をする必要性』を学生に作ってあげるところである」ということである。
当時、法学の文献検索や判例検索についての指導をまったく受けていなかったということも問題の1つではあるものの、そのような講義を受けていたとしても、きっと「大失敗」はさけられなかったと考えている。というのも、法学の世界には「判例評釈」というものがあるということはなんとなく知っていたとしても、実際にある事件について調べてみると、いろんな立場からの議論があるということや、どの点に着目するかによってその判例に対する記述の方向性がかなり変わるというようなことは、(今となっては当たり前の常識に属する事項なのだけれども)初学者にとっては大きな落とし穴になるから、である。このような、「法学をプロとして用いる人にとっては当たり前なのに、初学者にとっては思いもよらないこと」というのはたくさんある。そこまで含めて「調べ物の能力」なのである。この「調べ物の能力」は、必要性がなければ身につかないし、必要性や時間制限がなければどこまで調べればいいのかがわからない。必要性がなければ、どうやったら求める情報にたどり着けるかの嗅覚が身につかないものなのである。
この「必要性」は、ゼミの課題によっても、目指すものによっても変わってくる。11年前の判例報告は、「当該判例を、主として民法学の議論との関係で、その事案と判旨についてまとめ、判旨の論理を理解した上で、その射程を検討せよ」という課題であったはずである。それなのに、私たち3人の報告では憲法学の議論を無批判に導入してしまっていたし、判例の射程に関する議論はまったくできていなかった。何が求められていることで、どのような文献を調査して、どう検討して、まとめ上げればよいのか・・・・・・そういう部分に意を配って、トライしてみるべきだったのである。

法学の知識を「生きた知恵」にするためのトレーニング場

今回は、「判例研究」型のゼミにおける調べ物に関する問題を中心にとりあげたが、法学学習におけるゼミは、法学の知識をただ「知っていること」から「生きた知恵」に押し上げる練習をみんなでするところである。報告者として参加するときには、話すために調べ、調べたことをきちんと説得的にレジュメに書き下ろし、そして説明する。説明をしたら、今度は報告を聞いてくれたゼミ仲間からの質問にも答える。報告者以外の聞き手や質問者として参加するときには、報告者の言うことを理解して、今まで自分が学んだ内容との関連を思い出し、よくわからないことをきちんと質問する*4。これらの活動一つ一つが、法学を「使える」ようになるためのトレーニングなのである。
一度このようなトレーニングを積んでからもう一度大教室講義に戻れば、どのようにどこまで理解すれば「生きた知恵」にしやすいのかもつかめてくるようになる。その目的を達成できるように、自分なりの「法学学習のトライアングル」のパターンを作ってみよう。大教室講義・少人数ゼミ・自学のトライアングルを一度回してみることで、それぞれについて自分なりのやり方が見えてくるだろう。もしうまくいかなかったとしたら、ぜひ、少人数ゼミでのゼミ仲間や指導教員に相談してみるといい。相談をしたり、相談を受けたりしているうちに、いろいろな角度から考えたり、試したりすることができるはずである。

怖がらないで試してみよう

11年前にゼミで大恥をかいてしまった後、ゼミへの参加をやめてしまっていたら、今の私はないだろう。あのとき、仲間と反省したり、その後の報告について頑張って質問してみたり、そこであやふやだった知識をもう一度復習したりしているうちに、だんだんと法学学習が楽しくなっていった。もし、いま「ゼミはなんだか怖い」とか、「勉強がつまらない」と感じているのであれば、勇気を出してゼミに飛び込んで、食らいついてもらいたい。先生と同じテーブルで話したり、同じ立場のゼミ仲間と苦労話をするだけでも、少しは法学の世界が近く感じられるようになるはずである。

次回予告

ゼミでの報告は、今回冒頭で示した絵のように、報告者以外のゼミ生も聞き手となって参加する。聞き手は良き質問者であることが求められている。さて、ゼミに参加するとはどういうことだろうか?次回は、自分の報告回以外のゼミで、どのようなことを考えながら参加すればより面白くなるのか、良い質問とはどういう風にすればいいのだろうか、ということについて考えてみよう。

第7回【前編】

  1. 判例研究や「判例評釈」の意味を知ってから、判例研究報告をやってみよう
  2. 実際に調べる必要性に迫られてから、ようやくわかることがたくさんある
  3. 少人数ゼミは、知識を生きた知恵にするためのトレーニング場

*1:これらの記述は、横田明美「法学部って何だっけ?-法政経学部の教員から」法学セミナー725号(2015年)39-42頁で述べたことの補足である。

*2:筆者が勤務する千葉大学法経学部・法政経学部においては、専門科目としてのゼミ・演習科目は必修扱いとはなっていない。

*3:この区別について、具体例も挙げながら丁寧に解説している前掲『リーガル・リサーチ&リポート』195~198頁を参照。

*4:どのような点に気をつければうまく質問ができるかについては、次回、横田ゼミでの実践例をとりあげる予定である。

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