第6回後編:思い込みを疑おう~「好き」を仕事にするために

f:id:Kfpause:20150917140939p:plain

「好きは仕事につながらない」は本当か

学部4年生の頃、私は「いままで弁護士になるために勉強してきたけれども、行政法が好きだから、行政法のプロになりたい。でも、行政法と仕事を結びつけるには、研究者になるしかないのかな・・・なれるんだろうか」と考えていた。しかし、10年たってみた今、研究以外の場面においても、「行政法のプロ」と呼べる人がたくさんいることがわかった。とりわけ、先日参加した、日本弁護士連合会と神戸大学大学院法学研究科主催のイベント「公法系訴訟サマースクール」で、「行政法が好きで法科大学院を経て、そして弁護士になった」人が複数いることがわかった。そのような生き方があることに驚き、学部時代の自分の視野の狭さに頭を抱えた。今回は、行政法と仕事のつながりについて語ることで学部時代の思い込みがいかに狭くなりがちなのかを示してみたい。そしてその上で、進路選択にあたって心得ておいてほしいことについて語ることにする。

行政法のプロ」はどこにいる?

まずは、学部時代には想像もしていなかった、行政法と仕事のつながりについて語ることにしたい*1。学部時代には知らなかったこととして、自治体職員と法令・条例の関係、弁護士と行政法の関係をとりあげよう。

自治体職員と法令・条例の関係

学部時代の私は、「自治体職員はただただ決まった法を運用するだけ」だと考えていた。しかし、近年、自治体職員と法令・条例との関わりに関して、その面白さを学部生にもわかるような形で提供している書籍がいくつかある。ここでは、それらの書籍を紹介することを通じて、どのような場面に「行政法のプロ」がいるのかをみてみよう。

訴訟以外の場面における自治体職員と法令・条例の関係

吉田利宏・塩浜克也『法実務からみた行政法 エッセイで解説する国法・自治体法』(日本評論社、2014年)

著者ふたりの経歴が特徴的である。

「執筆者のうち吉田は、衆議院法制局で15年にわたり法律の作成に携わりました。もう一人の執筆者である塩浜は、自治体の法制担当を2001年から11年にわたって務め、地方分権後の自治体を間近に見てきた経緯があります。」(前掲書iii頁)

本書は、『法学セミナー』誌上で連載されていたエッセイがもとになっている。その後の動向を踏まえるため、両者、ときにゲストもまじえて対談している部分を付け加えている。そのため、自治体と法というものについて、自治体側の視点と国側の視点、それ以外の立場からの視点も踏まえて読み解くことができる。
リンク先の日本評論社のサイトには、詳しい目次が掲載されている。その中からいくつか取り上げると、第2章では法律と条例の関係について、行政法の講義では確かに習ったけれども、いまいちピンときていなかった問題について詳しく語られている。情報公開法と情報公開条例、行政手続法と行政手続条例の関係は必ず講義で教えるはずの内容だが、その具体的意味についてまで(学部生にわかるような形で)語られることは多くない。
また本書からは、自治体における問題は法律との兼ね合いだけではないことも伝わってくる。首長と議会との関係をどう規律すべきなのか、新しい政策課題にどのように法制度を使って立ち向かっていくべきなのかなど、いろいろな問題が切れ目なくつながっていることが見て取れる。たとえば、地方自治体における行政と議会の関係について、議会事務局の観点から考察した第4章第1節(131~136頁)にははっとさせられた。行政の長である首長と議会とは緊張関係がなければならないため、議長が議会事務局職員の任命権を持っている(地方自治法138条5項)。しかし、実際には執行部内*2の人事ローテーションのなかで行われているに過ぎないため、「職員からすれば、他の部署に異動するように議会事務局へ出向するのに過ぎない」(134頁)という実態があるという。これではいざ首長と議会とが対立したときに、議会事務局職員が議会側に立ち続けることは難しいという指摘は、行政の現場を知りつつ公法学の素養を活用している「行政法のプロ」だからこそなし得るものである。そんな本書の著者はまさに「行政法のプロ」であり、自分が学部生のときにはその存在すら思い至らなかった方々である。

自治体職員と訴訟の関係

特別区人事・厚生事務組合法務部(編)『自治体訴訟事件事例ハンドブック』(第一法規、2013年)
本書は、東京23区(特別区)の実際の訴訟担当者が、区が原告・被告になった訴訟(行政事件訴訟だけでなく、民事訴訟住民訴訟も含む)について、事件の内容や裁判所の判断などをコンパクトに紹介した訴訟事例集である。大きく分けて第1:行政系、第2:民事系、第3:裁判所外と目次が分かれているが、思った以上に民事系(国賠訴訟が中心だが、それだけではなく、住宅、土地境界などの問題も含む)の割合が多いことに気がつく。
本書に掲載されている事件についての経緯と実際の判決文*3と照らし合わせながら読み解いていくと、行政側の実際の悩みが透けて見える点が興味深い。
実際に横田ゼミにおいて、本書で「第2 民事編 1 学校事故 9 和解か、判決か」(187~189頁)というタイトルで取り上げられている組体操に関する国家賠償事件に該当すると思われる判決と、本書の記載とを比較しながら検討した。本書では、Y区が審理中に裁判所からの和解の勧めを断ったことについて、論評している部分がある。本書によれば、「担当教諭に安全配慮義務違反があったのか否か、あるとすればどの点かについて、裁判所の明白な判断を求めるため」(188頁)に判決を選択したという。そして本書は、この判断の背景にある考え方として、「和解では当該事件としては解決するものの、責任の有無が不明確なままで決着してしまうため、今後、同種の事故が起こった場合では、区として責任ある判断ができず、安易に和解に流れてしまうおそれがあ」るために、判決を選択したのだろうと評している(189頁)。このような事情まで紹介されている本書を実際の裁判例と共に読み解くことで、判決文からだけでは知ることの出来ない考え方がみえてくる。ここにも、「行政法のプロ」の姿がありありと浮かび上がってくる。

弁護士と行政法の関係

冒頭の思い込みには、「弁護士になっても行政事件を扱う機会はそう多くないし、行政事件で食べていくことはできないだろうから、行政法のプロとして活躍する場面はないだろう」という思いが隠れている。しかし、実際には、行政機関と連携したり、行政機関の内部に入って活躍する弁護士もいる。さらに、行政事件がやりたくて弁護士になった人もいる。

行政機関と連携したり、行政機関に所属して活躍する

もともと、行政機関では弁護士と顧問契約を結んで相談するということはなされていた。最近では、弁護士の経験を有する人を任期付公務員として採用したり、法曹有資格者を職員として採用することも行われている。
上述した『法実務からみた行政法』では、第4章第4節(151~156頁)で任期付職員(弁護士)と自治体の関係についての項目がある。ここでは、これまでの経緯と実態の紹介、そしてやや批判的な立場からのコメントが付されている。
そして、それを補う第4章の「対話で補足」コーナー(163~172頁)では、著者2人だけでなく、流山市の特定任期付職員として政策法務室長を務めている帖佐直美弁護士をゲストとして招いた鼎談が収録されている*4
帖佐弁護士によれば、政策法務室長の仕事として、職員からの法律相談、職員の政策法務*5能力向上のための研修、訴訟の際に担当課と顧問弁護士の間の通訳のような役割を担うこと等であるという。また、議会事務局書記も兼務して、議員や議会事務局職員からの法令・条例の解釈についての相談にも応じるという。

弁護士の一業務として行政事件を扱う

冒頭で述べた「公法系訴訟サマースクール」で講師役を務めた水野泰孝弁護士は、「行政事件で稼いで食べていけるのか」という趣旨の質問に対して、「工夫次第でできる」と答えていた。その趣旨は、「行政事件だけで生活が成り立つほど儲けるというのではなく、どこの会社も行政との問題を潜在的には抱えているものであり、そこが入り口となって依頼者との信頼関係を構築し、さらに民事事件や次の依頼者を紹介してもらう、ということが実際によくある」ということである*6。水野先生は慶應義塾大学法科大学院を経て弁護士となったところ、在学当時から行政法が面白くてしょうがないので、このような道を選んだとのことである。そして、今では母校においてゼミを持ち、後輩たちにも同様のアドバイスをしているという。
もちろんここには水野先生ご自身の努力が垣間見えるわけであるけれども、このような道が最初からないだろうとあきらめていた私とは大きな違いがある。

進路選択を考えるにあたって

以上述べたような「行政法のプロ」の存在は、学部4年生のときにはまったく想定もしていなかった。その原因を振り返りつつ、進路選択をめぐってどんなことを心がけるべきかについて考えてみよう。

学部時代の思い込みがなぜ生じたか

学部4年生の私には、行政法という科目の内容は理解できても、その内容が実際にどのような過程を経て形成されたものであるのか、どのような場面で使われるものなのかについてはまったくわからなかった。今にして思えば、訴訟になっている以上はそのための準備をしている人たちがいるはずであるし、その事件が生じることとなった場面にもその根拠となった法や条例を作った人たち、解釈して執行した人たちがいたはずである。制度を制度としてだけ理解しようとして、どんな人たちが関わっているのかについては想像力を欠いていた。
また、任期付公務員制度の形成(地方公共団体の一般職の任期付職員の採用に関する法律は平成14年制定)や昨今の行政事件訴訟法改革(平成16年改正)など、ちょうど私が学部4年生であった平成17年という時期が時代の変わり目であったことも、この思い込みに影響を与えている。これらの制度改正の前から行政訴訟を精力的にやっていた弁護士や、自治体の顧問弁護士として活動していた弁護士がいたことはまちがいない。しかし、学部時代の自分がやってみようと思える「行政法のプロ」としての役割が出てくるまでには至っていなかったのではないか、と思われる。このように、時代の変化によって新しい生業を切り開くチャンスが生まれることもある。こうした変化を捉えられるように、アンテナを張っておく必要があるだろう。

「好き」と「仕事」のつながりをあきらめない

いま語っている内容そのものも、時代の流れで古びてしまうかもしれない。しかし、水野弁護士とのかたらいで私が気がついたことは、「好き」と「仕事」の関連づけとをあきらめるかどうかが、同じように行政法が好きでしょうがなかった水野弁護士と私の進路を大きく分けたのではないか、ということである*7。もちろん、二つを結びつけるには一筋縄ではいかないし、20代で見つけた「好き」と「仕事」のつながりを実際に生かすことができるようになるには相当の経験と信頼の積み重ねが必要であり、形になるのは10年、20年先のことかもしれない。それでも、自分が「好き」だと思えることがあるのなら、それについての勉強時間や関心を少しでも持ち続けることで、自分の「仕事」として新しいものを生み出すことができるようになるかもしれないのである。

「いま見えていること」だけであきらめないで

そのような長期的な視野も含めて、今度は進路選択をし終わった後(特に、内定式を控えている皆さん向け)についても考えてみよう。まず、「いま目の前にある仕事を頑張りつつ、これだけが自分の仕事だとは思わない」という心構えをもっていただきたい。意に沿わない進路になってしまった人もいるかもしれないし、仕事の世界に飛び込んでみて「思っていたのとは違った」と嘆くこともあるかもしれない。しかし、あなた自身もまだ成長途上であり、社会の変化も激しいのだから、いま見えている状況が固定されたものであるとは思わないでいただきたい。また、「何も見えないから何をするにも怖い」とか、「何も『好き』といえるものがない」という人は、まずは目の前の仕事を頑張っていただきたい。いま見えている範囲にあなたの「好き」や「得意」がないとしても、やっていくうちに見えてくるものもあるだろう。また、「得意」といえるかどうかはしばしば相対的に決まるものだし、他者による評価が入り込むものなので、まずはやってみないことには始まらない、とも言える。いずれにしても、今見えていることはほんの一端かもしれないということは、覚えておいていただきたい。

「自分が歩まなかった道」を歩む人と協働する

最後に一つだけ、進路選択そのものとはすこし外れてしまうけれども、「ああすれば良かったのに」と思っている同年代の皆さんにも向けて、進路と学部時代の思い込みに関して、今考えていることを述べたい。
以上のように、弁護士のための勉強をしてきたところ、行政法が好きになって、弁護士とは両立し得ないと思い込んで研究者になったという経緯があるので、私は「弁護士をあきらめて研究者になった」という気持ちをぬぐえないでいる。だから、帖佐弁護士や水野弁護士のような方々の活躍をみるにつけ、どうしてこの可能性を考えなかったのだろうか、と思う。もっとも、第1回【後編】でも述べたように、弁護士と研究者では求められている役割が違うこともまた、承知している。そこで、一緒に仕事をする機会があるときには、異なる立場、異なる議論であることを踏まえつつも、お互いの役割と仕事に敬意とプライドを持って協働したいと考えている。これは、国家公務員や地方公務員と協働するときも同じであり、「ひょっとしたら自分も歩んでいたかもしれない道を歩んでいる人」として、敬意を持ち学ばせていただきながら、自分の役割をしっかりこなせるような関係でいたい。互いの仕事や役割についての信頼や敬意は、多角的な視点で法政策や問題解決方法の是非を問い、より良いものにしていくための前提となるからである。異なる立場からの意見や視点を立場の違いを理由に切り捨ててしまっては、有益な議論にはならないだろう*8

次回予告

新しい学期が始まる頃合いなので、第7回では、少人数の演習科目、いわゆるゼミについて語ることにしたい。端的にいえば、ゼミに出ないなんてもったいないことである。ゼミで教わったこと、教えたいことについて語りたい。読者のなかで、ゼミをとるべきか迷っている人にひとことだけアドバイス。ゼミで鍛えられることで、あなたの考える力は一段も二段も向上するはず。「まだまだ勉強不足だから恥ずかしい」などとぼやいていないで、ぜひ、興味のあるゼミにトライしてみていただきたい。

第6回【後編】のまとめ

  1. 大学で学んだ事柄について、実際に関わっている人たちはどんな人なのかを想像してみよう
  2. (学部生の場合)いま見えていることだけで「好き」をあきらめてはいけない
  3. いろいろな立場や役割がある人たちとの協働を楽しもう

*1:真っ先に挙げるべき国家公務員については、当時からも行政法とのつながりはわかっていたものの、自分がなるというイメージはなかったため、今回は除外してある。なお、私が国家公務員を職業としてまったく視野に入れていなかったのは、まったくといっていいほど数学や経済ができないので、当初から無理だとあきらめていたからである(これ自体もおかしい思い込みなのだが、ここではおいておく)。そのため、学部1年から3年までは弁護士になるつもりで、公務員試験に必要な知識の習得にはあまり本腰を入れていなかった。

*2:引用者注:ここでは、議会部局等と対置した意味での執行機関の部局、つまり首長を支える部局のこと。

*3:本書のやや残念な点は、それぞれの訴訟についての年月日等が掲載されていないことである。おそらく、公刊物に掲載されていない判例もあるのだと推測されるし、当事者の心情など、何か事情があるのだろう。

*4:なお、私自身も日弁連主催の弁護士向けの任期付公務員に関するセミナーで、帖佐弁護士から直接話を伺うことができた。法曹資格のない一行政法教員に参加を許してくださった日弁連の皆様に改めて感謝申し上げます。

*5:①法を作り、②作られた法を執行し、③提訴された訴訟に対応したり法のあり方を点検・評価したりするという3つの段階で、法を政策実現のための手段として使用すること。

*6:この発言を本記事に載せることについて、快く応じてくださった水野先生に感謝申し上げます。

*7:今私がしている仕事は行政法にどっぷりと浸かる仕事であるし、この「あきらめ」がなければ研究の道に踏みだそうとは思わなかっただろうことを考えると、結果としては良かったのだけれども。

*8:そのようなことを常々考えていたところ、まさに協働の機会が与えられた。来る11月16日(月)、所属している環境法政策学会の法科大学院修了生向けシンポジウム「理論と実務の架橋ー産廃処理施設の取消訴訟原告適格」において、研究者として登壇することになった。詳しくは下記リンク先(pdf)を参照していただきたい。 http://www.kankyoho.net/pdf/gakkai/lawschool_workshop151116.pdf ここでは、訴訟に関わった弁護士、法科大学院生の報告のあとに、私が研究者の視点で報告をすることとなっている。このように具体的な判例を異なる立場から検討する機会はあまり多くないので、法科大学院生、および修了生の方々はぜひ足を運んでいただきたい。

Copyright © 2015 KOUBUNDOU Publishers Inc.All Rights Reserved.