第12回後編:自分の未来のつくりかた~法学を学んだあとはどうするの?

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法学を学んで身につけられるものは何か

「法学部を卒業したけれども、法律のことなんて忘れてしまった」
「法学部を出ても法曹にならなかったら、法学部で学んだことは無駄になるのでは?」
こんな疑問は、昔からよくあることだったようである。
第3回【後編】でも紹介した末弘厳太郎のエッセイ「新たに法学部に入学された諸君へ」*1でも、このような考え方は取り上げられている。そして、末弘先生は、法学教育の目的を、「広義の法律家」、つまり「法律的に物事を考える力」のある人間をつくることにある、と指摘している。そのことの意味を説明している箇所を、以下引用しよう。

しからば「法律的に物事を考える」とは、一体どういうことであるか。これを精確に初学者に説明するのは難しいが、要するに、物事を処理するに当って、外観上の複雑な差別相に眩惑されることなしに、一定の規準を立てて規則的に事を考えることである。法学的素養のない人は、とかく情実にとらわれて、その場その場を丸く納めてゆきさえすればいいというような態度に陥りやすい。ところが、長期間にわたって多数の人を相手にして事を行ってゆくためには、到底そういうことではうまくゆかない。どうしても一定の規準を立てて、大体同じような事には同じような取扱いを与えて、諸事を公平に、規則的に処理しなければならない。たまたま問題になっている事柄を処理するための規準となるべき規則があれば、それに従って解決してゆく。特に規則がなければ、先例を調べる。そうして前後矛盾のないような解決を与えねばならない。また、もし規則にも該当せず、適当な先例も見当らないような場合には、将来再びこれと同じような事柄が出てきたならばどうするかを考え、その場合の処理にも困らないような規準を心の中に考えて現在の事柄を処理してゆく。かくすることによって初めて、多数の事柄が矛盾なく規則的に処理され、関係多数の人々にも公平に取り扱われたという安心を与えることができるのであって、法学的素養の価値は、要するにこうした物事の取扱い方ができることにある。*2

何のために「一定の基準」はあるのか。参考になりそうな規則や先例が今まで存在しない場合にはどうしたらよいか。法学を一通り学んだ皆さんであれば、そんなときにでも、多数の利害関係者を公平に、またこの後同じようなことが起きたときにも対応できそうな新しい道筋をつけることができる。そのような力がついているはずである。末弘先生の言葉は、今なお心にしみる価値を持っている。
とはいえ、ここまでお読みの皆さんは、「はたして、自分にそんな力がついているのだろうか」といぶかしむ方も多いかもしれない。しかし、「法律的に物事を考える力」というのは、一見してわかるような特殊能力というものではなく、各人の考え方に深く染みついているものである(それは、上記引用箇所の続きでも論じられている)。
私自身のことを振り返ってみると、他者と協働して仕事をしていくうちに、自分の思考様式や方針決定の際に、末弘先生の言うような「考え方」が知らず知らずのうちに身についていることに気がついた。価値観のレベルで染みついた考え方であるから、それは法学を学んだその時点からうまく使えるというものではない。私も、人生のなかで様々な活動をしてみて初めて、自分の持っている力に気がついて、そこからは意識的に気をつけて使うよう心がけている。そこで、正真正銘の最終回である今回は、「自分の未来のつくりかた」と題して、大学や法科大学院を出た後のキャリアについて、私なりに考えたことをお伝えしたい。

ジェネラリストとスペシャリスト

キャリア・プランニングについて語るときによく出てくる言葉として、「ジェネラリスト」と「スペシャリスト」という区分がある。ジェネラリストとは、広く浅く様々な分野についての見識がある人のことを指し、スペシャリストとはある特定の領域について専門的な能力を持っている人のことを指すのが一般的である。ときおり、「ジェネラリストとスペシャリスト、どちらを目指すべきだろうか?」という悩みを持つ人に出会うことがある。しかし結論を先取りして言えば、私は「どちらか一方だけを選ぶという考え方ではうまくいかない」と考えている。そのことを、やや迂遠ではあるが、ロールプレイングゲームRPG)のたとえで考えてみよう。

RPGゲームにみるキャラメイキングとパーティの組み方

私はいわゆるロールプレイングゲームRPG)が大好きで、ドラゴンクエストファイナルファンタジーシリーズ、特にそれぞれの第4作目から第6作目がお気に入り*3である。この手のゲームによくあるシステムとして、「ジョブ」とか、「スキル(アビリティ)」という概念がある。「ジョブ」は文字通り、そのキャラクターが現在ついている職業で、たとえば戦士、武闘家、魔法使い、僧侶、踊り子、商人、盗賊などがある。スキルというのは、ジョブを鍛えていくと身につけていく能力で、例えば魔法使いであれば魔法を覚えたり、盗賊ならば鍵開けができるようになったり、というようなものである。ゲームによっては「転職」システムがあり、転職後も転職前に得たスキルを引きつぐことができるものもある。例えば、僧侶を経験して回復魔法を覚えてから踊り子に転職すれば、踊りでパーティメンバーを援助しつつ、けが人が出たらすばやく回復魔法を唱えることができるという大変有能なサポート役として活躍することができる。このように、一定の方針をもってキャラクターを育てていくことを、キャラメイキングと呼ぶことがある。
またRPGの多くは、パーティシステムを採用している。4人~6人程度のチームを組んで、冒険の旅に出かけるというものである。例えば、戦士(物理攻撃が得意)、盗賊(鍵開けなどダンジョン探索の便利スキルを持っている)、僧侶(回復魔法が得意)、魔法使い(攻撃魔法が得意)というパーティならば、安定した冒険の旅が続けられそうである。
なぜいきなりRPGの話をしたかというと、キャラメイキングとパーティについて考えてもらいたいからである。現実の世界ではきちんとしたシステム化はされていないけれども、「どんな立場で何をしたか」という経験を積むことで、色々できることが広がっていくという点はよく似ているし、何かをするときにはどこかしらで他者とのつながりを持つという点も似ている。
ちなみに、皆さんから見れば大学教員は何をする職業なのかよくわからないかもしれないが、「場面ごとに必要なスキルが変わる」というけっこうめまぐるしい職業である。講義であれば「講義内容を決めるための文献調査をする」、「配付資料をつくる」、「人前であがらず、飽きさせずに話をする」などというコマンドが登場して、それに応じた「法学を教える人」スキルとでもいうべきものが必要となるし、大学内での役割をこなそうと思えば「様式にそって文書を作成する」、「自分に割り当てられた予算を用いて適正に執行する」、「他の教員・職員と協力して○○委員会の課題について取り組む」というコマンドが登場して「一般事務」・「組織内連絡調整」スキルなどが必要になる。また、学生が面談にやってきたり、出版社や官公庁の人と打ち合わせをしたりと、「対人面談」スキルも必要になる。もちろん研究もしているから、私であれば「行政法」・「環境法政策」・「ドイツ法」スキルを使ってドイツやEUの環境法政策に関する論文を読んだり、ときには「情報法」・「民法」・「刑法」スキルと「平易な文書作成」スキルとを組み合わせて、新聞に寄稿する書評記事を書いたりする。
これらのスキルはどうやって身につけたのかを思い返してみよう。「行政法」「民法」「刑法」などが、法学部・法科大学院での勉強とそれ以降の研究生活で培われたものであることは、おわかりだろう。必要に応じて勉強し直すこともあり、そのときには本連載第5回【後編】で述べたインプット方法を今でも用いている。「講義内容を決めるための文献調査をする」「配付資料をつくる」「人前であがらず、飽きさせずに話す」という「法学を教える人」スキルの基礎は法学部の学生時代、民法の少人数ゼミで報告をしたときのレジュメ作成からスタートしている。本連載第7回において少人数ゼミについて取り上げたが、少人数ゼミは法学におけるアウトプットの訓練という意味で非常に大きな意味をもっていることに改めて気がつかされる。「組織内連絡調整」スキルの基礎はアルバイトとして関与した某コンサルティング会社や、非常勤研究員として一般社団法人行政管理研究センターで働いていたときに身につけたように思う。また、「対人面談」スキルは中華レストランのアルバイトを長く続けていたときに、お客さんとのコミュニケーションのなかで鍛えられた。最後の「平易な文書作成」スキルは、この連載も含め、ブロガーとしての活動が大きく貢献している。このように、現実世界での「ジョブ」というのは単に職業そのものだけではなく、アルバイトや趣味での経験も含まれていることに気をつけていただきたい。様々なジョブを経験することで、多様なスキルを身につけることができたと思う。

自分の持ち味とパーティ内での役割

それでは、自分というキャラクターの育て方(キャラメイキング)と、パーティの組み方との関係をもう少し踏み込んで考えてみよう。

RPGの世界でのパーティ

改めて、今回のアイキャッチイラストをご覧いただきたい。このメンバー、バランスがとれたパーティだろうか。甲冑に身を包んだ戦士、青い服の武闘家。後ろ姿でわかりにくいが、黄色いドレス姿の女性は踊り子のようである。もうひとり、紫とオレンジの服のよくわからない職業のメンバー(仮に、紫魔道士としておこう)がいる。このパーティにおいては、彼女の役割が重要となることにお気づきだろうか。
もし、戦士も武闘家も踊り子も、魔法での攻撃・回復のスキルをもっていないとすると、体力が残り少なくなった状況はもちろんのこと、魔法でしか倒せない敵に出会ったときに全滅のおそれがある。ここで紫魔道士が魔法が使えるキャラクターなら、この難局で力を発揮するだろう。他のパーティメンバーは、紫魔道士の魔法に期待する。ところが、紫魔道士は、いままで魔法使い、僧侶、狩人と一緒にパーティを組んできた。攻撃魔法の得意な魔法使いと回復魔法の得意な僧侶。狩人は弓が得意だけども、この3人では敵の侵攻を食い止めることができない。そのため、紫魔道士は魔法を使わず、もっぱら大盾と剣の練習ばかりしてきた。攻撃魔法は、初歩は修めているのでいちおう使うことができるけれど……いままで魔法使いに任せていたので経験がない。どうしよう。でも、今のパーティでは他のメンバーはまったく魔法スキルを持っていない。目の前の「魔法でしか倒せない敵」は、自分ががんばって担当するしかない……!
このように、パーティの組み替えが起こったとたん、今まで求められていた役割とは違う役割を期待されるようになることがある。

現実世界では?

現実世界では、思った以上にひんぱんにパーティが組み変わる。転職をしなくても、新しいプロジェクトが立ち上がることもあるし、人事異動で配属先が大きく変わることもある。場合によっては取引先や顧客と一緒にモノをつくるなんてこともあるだろう。それらも広い意味でのパーティであるとすると、紫魔道士に起こったことは、実は皆さんにもよく起こることなのである。
私の仕事の中で、もっとも「パーティの組み替え」というイメージに近いのは、各種の委員会等に参加するときである。
たとえば、私は理工系の研究科の「生命倫理審査」を行う委員会に、「法律系」委員として参加している。ヒトにかかわる研究を行う前に、問題がないかどうか生命倫理の観点から審査することが、この委員会というパーティの課題である。委員は他に6名いるけれども、全員が理工系を専門とする研究者であり、法学の委員は私一人しかいない。また、女性委員も私一人しかいない。この状況下で、私は狭義の専門である行政法とは直接関係がない、どちらかといえば民法や刑法に関する事柄であっても、法学に関連することであれば、全てコメントをしなければならない。法学的な問題点を拾いきれるかどうかは、もっぱら私の判断にかかっているのである。同じことは、女性を被験者とした研究計画にも当てはまる。通常、私は仕事を行う際に「女性であること」はあまり意識しないようにして仕事をしているが、研究によっては、女性であれば気がつく問題点を有する実験もないわけではない。そんなときに、「一般的な女性からみれば」というような枕詞をあえてつけて発言することもある。個人的信念からいえばあまり用いないようにしている言い方であるけれども、「男性委員・女性委員各一名以上が必ず出席すること」が開催要件になっている委員会における唯一の女性委員という立場においては、あえてそのような役割を演じることもある、というわけである*4
他方で、文字通り「行政法の研究者」であることを期待されるパーティもある。明日(2016年4月1日)から施行される改正後の行政不服審査法では、国・地方公共団体に「行政不服審査会」を置くことになっている。私も千葉県船橋市佐倉市において行政不服審査会の委員としての仕事を受けることになった。他の委員は弁護士や行政書士等の実務家であり、研究者は私しかいない。そうすると、この審査会においては私には行政法の研究者として広く深い見識があることが求められており、実務的知見を有する他の委員と協力しながら、行政法学の観点から深く切り込むことが期待されているといえるだろう。

横に手を広げ、縦に根を伸ばす

おそらく、どんな職業にも、どんな仕事にも、パーティの組み替えは頻繁に起こる。そうであるならば、私たちはどうすればよいのだろうか。スペシャリストの代表選手にみえる大学教員としての研究者ですら、いろいろな役割やスキルを必要とする。しかも、パーティメンバーに頼み事をするときに一番必要なことは、「頼み事をする相手がどんなことが出来そうなのかを知っておくこと」であったりする。自分がやるよりも、相手に任せたほうが良い場合とはどんな場合なのか。相手に任せるにしても、どんな情報があればスムーズにお願いできるのか。そういう連絡調整のためには、世の中にはどんなスキルがあるのかを知ろうとする心構え(場合によってはすこし自分も試してみる勇気)が必要になる。異なる専門を持つメンバーと横に手をつなぐためには、どのあたりに手を差し出せばよいのかを知っておいたほうがよい。上述のRPGにおけるパーティのたとえでも、戦士や武闘家が「魔法」というものについてあまりよく知らなかったら、魔法には魔法力(MP)消費が必要だということもわからずに、「とにかく派手な魔法を」などと無理な依頼をして、不和の原因になってしまうかもしれない。
それでは、ジェネラリストをひたすら目指せばよいのかというと、そのような考えもまた間違っている。いろいろなメンバーと仕事をしていくためには、自分の持ち味を中長期的に鍛えておくことも必要だからである。日々移り変わる世の中で必要とされる全ての事柄に精通することは絶対にできない。だからこそ、私たちは課題ごとにパーティを組んで問題に取り組む。関心のある事柄をずっと追いかけ続けることでようやく身につくスキルもあるし、「この事柄については学ぶべき過去も最新の情勢も知っている」という分野がひとつふたつあれば、「その分野についてはあの人をパーティに入れよう」とお声がかかる機会もまた増えていく。通常スペシャリストに分類されると思われていない職業であってもこれは同じである。自分の専門という、縦に深い根を張っていくイメージである。
なお、ここでいう自分の持ち味、自分の専門は「一つのジョブだけを鍛える」こと以外でも見つけられる可能性がある。ジョブチェンジも織り交ぜて、様々なジョブやスキルの組み合わせを試してみると、有効な使い道が見つかることもあるからである。「この組み合わせを用いることができるのは自分だけ」という専門性を身につけるのも、立派なキャラメイキングである。ここでの「ジョブチェンジ」は、必ずしも「転職」を意味しない。新たな役割を担ったり、自学したりすることで、新しいスキルを得ることもできるからである。パーティの組み替えに合わせて、自分の新しい役割を見つけるのもいいだろう。
いろいろなパーティを経験し広くスキルを鍛えつつ、自分の持ち味を深く鍛える。次々と組み変わるパーティのなかで、期待されている役割をこなしつつ、「自分の持ち味はなんだろう?」という視点も忘れないようにする。スキルを組み合わせて、新たな持ち味を探してみる。ひょっとすると、いままで自分が「専門」だと思っていなかったスキルも、「他の人からみれば優れている」ということもあるかもしれない。いままで自分の中で埋もれていたスキルも、有効な使い道や面白みがちょっとしたきっかけで見えてくることもある。新しいパーティを組むときは不安がつきまとうものだけれども、そこでの経験は自分の持ち味を見つけるヒントになることがあるから、恐れずに飛び込んでみてほしい。

法学を学んだあとの人生設計

少し抽象的な話が続いてしまったので、以上述べたことを考えながら読んでみていただきたい書籍を紹介しよう。

組織内で働く弁護士、弁護士を活用した組織

この連載では第6回【後編】において、官公庁のなかで任期付公務員として働く弁護士もいることについて紹介した。皆さんも、司法制度改革以降、様々な組織の中で働く弁護士がいることを聞いたことがあるかもしれない。
しかし、彼ら・彼女らが、どうしてその道を選んだのか、組織のなかで何をしたのか、そして任期が切れて組織を離れた後はどんなことをしているのかは、あまり知られていない。このたび、その当事者である「組織内弁護士」の皆さんがその体験を赤裸々に語った本が出版された。
岡本正(編)『公務員弁護士のすべて』(レクシスネクシス・2016年)は、日本組織内弁護士協会(JILA)のメンバーのうち、国、自治体、独立行政法人(大学や病院)等のパブリックセクターに勤務した「公務員弁護士」の生の声を集めた本である。それぞれの著者が、なぜ「公務員弁護士」となることになったのか、任期中にどのような役割を担ったのか、任期満了後どのような仕事にかかわることになったのかが、現在進行形で語られている。どのエピソードにも、「法律家として何をすべきか」「通常の弁護士業務とは違う役割をどう果たすのか」「いままで培った経験・視点をどう新しいフィールドで活かすのか」を、悩みながら動いていった様がみてとれる。
この本は弁護士・弁護士をめざす人はもちろんのこと、全ての法学を学ぶ人、法学を学んだ人に読んでいただきたい本である。特に、次に掲げる二つの異なる立場になりきって読んでみていただきたい。

1)法務を専門とする人として読んでみる

まず、それぞれの組織内で各執筆者が突き当たった課題とその克服は、「法学・法務を専門としつつも、異なる専門を持つ人と協働して仕事をしていく」という意味では、法曹有資格者のみならず、法学を学んだ後に組織の中で働く人にとっても役に立つ知見だからである。そのような意味で、「自分は弁護士資格なんてないから…」などと言わず、「法務を専門としている人が組織内で働くとき、どんな活躍ができるだろうか?」という視点で読んでいただきたい。たとえば、京都大学で産官学連携活動(企業・官公庁・大学とが連携して研究や開発、事業化に取り組むこと)に関与した村田真稚惠弁護士は、次のように述べている。

産官学連携法務は、有資格者だけが評価される仕事でもなく、有資格者であることだけをもって足りる業務でもない。もちろん、弁護士としての経験は業務上有効に活用しうるが、それは能力の1つに過ぎない。ビジネス感覚を持つ資格非保有者は違う側面においてよい仕事ができるし、技術バックグラウンドを持つ者もまた然りである。この領域は、経験により培った能力を生かして、自らとは異なる特性を持つ法務専門職と共に、新たな仕事に挑戦したいという意識が高いほど活躍出来ると考えられる。*5

本書の他の箇所も合わせて読むと、ここで述べられていることは、産官学連携法務に限らず、様々な組織内での法務のあり方に共通することが読み取れる。

2)組織内の他の職員の立場で読んでみる

もう一つは、それぞれのエピソードから透けてみえる、「その組織での他の担当者」という立場で読んでみていただきたい。法学を学んだ皆さんがある組織の中で働いていて、そこに任期付で法曹有資格者である弁護士が「法務のスペシャリスト」として加入したとする。弁護士はその現場では「新人」であるから、現場において培われてきたノウハウは、もともと組織の中にいた自分の方がよくわかっている。他の職員と自分との違いといえば、「法学」を学んだかどうかである。そういう状況のときに、あなたにぜひ担ってほしい役割は、他の職員と法務のスペシャリストである弁護士との橋渡し役である。法学を学んだ人は、法務とそれ以外の業務について両方理解可能なジェネラリストとしての素養を持っている。スペシャリストが他の人といつまで経ってもうまく手をつなげないようでは、その価値も半減してしまうだろう。もともと組織内にいて、かつ法学を学んだことがある人なら、任期付職員としての弁護士と他の職員とが手をつなぐためのガイドになることができる。また、そうしていくうちに、自分自身が法務のスペシャリストとして活躍するための修業をすることもできる。橋渡しをしているうちに、スペシャリストだからこそ気がつく視点等があるようなら、それを自分も身につけることができないかどうかを考えることで、自らを鍛えることもできるだろう。

「パイオニア」はひとりひとり

第12回【前編】で述べた私自身のキャリアプランも、本書で読み取れる「公務員弁護士」ひとりひとりのキャリアプランも、「誰かの後を追いかけた」というようなものではない。それぞれが、自らのフィールドを切り開いていった結果面白いところに行き着いた、そんなエピソードである。先ほどのRPGのたとえに戻ると、ジョブとスキルの組み合わせが多様化してくると、ひとつとして同じキャラメイキングというものは存在しない。多少効率の悪いスキルの組み合わせであっても、ひょっとしたらその組み合わせでないと得られない独自のやり方が見つかるかもしれない。また、現実の世界では、どんなスキルを身につけることになるかは本人の選択や努力によるものもあれば、偶然の事情や周りの要請等によっても異なるから、思ったようにいかないことも多数あるだろう。ひとりひとりが自分の人生の「パイオニア」であること、また協力する相手にも様々な背景があることを想定したうえで、いろいろな道筋を探してみてほしい。

法学も使って社会を変える:再論

本連載の最後に、全体を振り返るような形で、話を大きくしよう。「自分の未来」だけでなく、「みんなの未来」のつくりかたについても、目を向けてほしい。
実は、最終章である第11回と第12回はいずれも、異なるものや人を「つなぐ」ことを意識して構成した。
第11回【後編】では、社会を変えるために、法学と他の社会科学とをつないでみていくという考え方*6を紹介した。その際、「現行法制度では上手くいかないことをきちんと突き詰めて限界を明らかにしてから、なぜ新規の立法や制度変更によらなければそれが解決できないのかを考えるという手順を踏むことが大事」であること、そして「法解釈学を立法論にまでつなげるためには、他の社会科学分野(例えば経済学)の知見を用いた現状分析が必要であり、それがより良い政策実現(これは政策学が目指すものである)のために必要な『道具としての法』を生み出していくために必要」だと述べた。
timeleap-cafe.hatenablog.jp
すでに触れたことがらをもう一度なぜ述べるのかといえば、第11回は「分野」としてのつながりを、第12回では「人」としてのつながり、ある個人の人生設計としてのつながりを意識して考えたかったからである。そこで、今回は、ある個人に着目して、キャリア・プランニングとの関係でも、踏み込んで紹介しよう*7

公共政策と法制度の改善を続ける岡本正弁護士

上述の『公務員弁護士のすべて』の編集代表兼共著者である岡本正弁護士が、「公務員弁護士」として内閣府行政刷新会議上席政策調査員と、文部科学省原子力損害賠償紛争解決センター総括主任調査官を経たあとに取り組んでいる課題が、東日本大震災を契機に発生した多数の法的問題への取り組みである。岡本弁護士は、単にひとつひとつの紛争を解決する弁護士としての活動にとどまらず、その法律相談を多量に集め、情報分析し、公共政策を実現するための研究、提言、そして教育にも踏み出している。
大学での講義をまとめた岡本正『災害復興法学』(慶應義塾大学出版会・2013年)は、大震災の影響で思いもしない法律問題にぶつかった被災者の声がわかるだけでなく、それを解決・改善するためにどのような政策を進めるべきなのか、そのために必要な法改正や新規立法につなげるにはどうしたらよいのかを、克明につづったものである。おそらく、今この記事をお読みの皆さんは、多かれ少なかれ東日本大震災のことを、我がこととして感じていらっしゃると思う。平時のときに作られた仕組みも、災害時にはその前提から崩れ落ちてしまうこともある。法改正によらなければ解決しえない問題はどんなものか、あるべき法の姿はどんなものか。もちろん、法だけで全てが対応できるわけではないけれども、「法も」用いなければ社会は変えられないこともまた、事実である。
東日本大震災発生当時は内閣府行政刷新会議行政改革に携わっていた岡本弁護士は、震災発生直後立ち上がった災害情報を交換する弁護士メーリングリスト阪神・淡路大震災の復興支援経験のある弁護士が立ち上げたもの)で、現行法では解決できない、新たな政策提言を必要とする課題の存在を知る。そこからの氏の活動経緯は前掲『公務員弁護士のすべて』22~23頁にまとめられているだけでも、ひとりの弁護士として、日本弁護士連合会の災害対策本部嘱託室長として、また内閣府内の職務としての震災に対応するための特例的規制緩和(いわゆる震災緩和)のための取りまとめなど、多岐にわたる。被災地内で無料法律相談にのる仲間と連携しつつ、「公務員弁護士」という自分の持ち場を生かしつつ、そして立場がさらに変わった後も、「法律制度の改善」にどう関わっていくかを考え続けながら走り続けている氏の姿を身近に感じてもらいたい。

いつか皆さんとパーティを組むときを信じて

実は、『災害復興法学』を書店で手に取ったときには、まさかその後すぐに著者本人と意見交換をする機会がやってくるとは思ってもいなかった。世の中は意外と狭く、また日々移り変わりの激しいこの世の中で、どんなことがあるかはわからない。ひょっとすると、このブログをお読みの皆さんとも、一緒にパーティを組む日がくるかもしれない。そのときには、今回書いたように、互いの持ち味を生かしつつ、よりよい未来に向かって光を伸ばせるように、力をあわせて取り組みたいと考えている*8

第12回【後編】のまとめ

  1. 「法律的に物事を考える力」とは、一定の基準を立てて、基準がなければ後々まで使えるよう作り出して、公平にものごとを取り扱っていく力
  2. 「自分の持ち味」と「このパーティでの役割」を考えながら自分を育てていこう
  3. 協力するための「横の手」と、専門性を発揮する「縦の根」を共に伸ばして、まだ見ぬ未来に向かおう

連載のおわりに

全25回(第1回【前編】~第12回【後編】+第9回【後編】補足)の連載は、これですべて終了。回を追うごとに「ブログ」とは思えないほどに長くなっていき、またそれに伴い締切ギリギリの執筆となってしまいました。
毎回キャッチーかつわかりやすい、そしてとてもかわいい一コママンガを担当してくださった岡野純さん、わかりにくい表現に的確なコメントを何度も返してくださった弘文堂編集部の登健太郎さんに、多大なご迷惑をおかけしました。お二人のご協力があってこそ、連載を続けることができました。ありがとうございます。また、「弘文堂スクエア」の一コンテンツであるにもかかわらず他社の書籍の紹介が多い、という自由奔放な本連載に寛大な心で接して応援してくださった弘文堂の皆様にも、改めて御礼申し上げます。
そして、長い連載を最後までお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。皆さんが法学を身近に感じ、踏み込んで学んでいくためのステップのひとつになれたのなら、著者として大変うれしく思います。最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

*1:末弘厳太郎「新たに法学部に入学された諸君へ」末弘厳太郎(著)、佐高信(編)『役人学三則』(岩波現代文庫、2000年)151頁(初出、法律時報9巻4号(1937年))。なお、ボランティアの手によって 青空文庫 Aozora Bunkoで電子データとして公開されている。末弘厳太郎 新たに法学部に入学された諸君へを参照。

*2:末弘・前掲書156頁。太字・下線は引用者による。

*3:1983年生まれである私は、スーパーファミコンと共に多感な小学校時代を過ごした。最もお気に入りのRPGロマンシングサガ2であるが、本文の記述とはかなり離れるため、以下では主にドラゴンクエストファイナルファンタジーシリーズで構築されたシステムを想定してお読みいただきたい(用語等にぶれがあるが、あえて織り交ぜて利用していることをお断りしておく)。なお、これらのゲームを未プレイの方々でも、オンラインゲームやそれをモチーフにした小説等でも類似したゲームシステムがあることが多いので、以下の記述を読む際に支障はないものと思われる。

*4:本来、そのような問題点は(戸籍上の性や性自認が)男性であろうと女性であろうとそれら以外であろうと想像力を豊かにして気がつくことが望ましいところではあるけれども、実際にこのような「開催要件」を有している会議は珍しくないのが実情である。

*5:前掲『公務員弁護士のすべて』236頁。

*6:出版時期の関係で第11回【後編】執筆時は未読だったため紹介できなかったが、飯田高『法と社会科学をつなぐ』(有斐閣・2016年)をぜひ手にとっていただきたい。意思決定やルール、社会現象についての経済学・社会学・心理学での考え方を紹介しつつ、法の世界と「つなぐ」ことを意図して書かれている。

*7:なお、今回この箇所においてもう一つ取り上げたかった書籍として、田原睦夫(編著)『裁判・立法・実務』(有斐閣・2014年)がある。同書は、最高裁判事として著名な田原睦夫氏と幅広い法分野の研究者との対談集である。最高裁判事として関わった事件について研究者と議論するパートだけでなく、弁護士時代に田原氏が関与した倒産法・民事訴訟法の立法過程での議論が透けて見える。また、行政法・環境法の観点からは、かの大阪空港訴訟裁判の原告側弁護団の一員として関与したことについても触れられていることに留意したい。一人の法律家が、実に様々な立場で、多大な貢献をしたことが、この一冊の本からわかる。

*8:このアイキャッチイラストのモチーフは、三条陸(原作)・稲田浩司(漫画)・堀井雄二(監修)『ドラゴンクエスト ダイの大冒険 第25巻』(集英社ジャンプコミックス・1994年)および同『第26巻』(集英社ジャンプコミックス・1995年)に登場する、ミナカトールという呪文である。ネタバレにならない程度に紹介すると、大魔王バーンの居城(ラストダンジョン)に乗り込むために発動すべきこの魔法は一種の協力呪文であり、手をつなぐ5人それぞれが自らの役割と持ち味(心の強さ)を真に理解しないと発動できない。この作品をはじめて読んだときは主人公ダイを中心に読み進めていたが、今となっては(ミナカトール編の中心人物である)ポップの成長物語として読むと大変興味深いと考えている。未読の方は、やや長編(全37巻)ではあるが名作なので、ぜひ読んでいただきたい。なお今回の記事内容との関連では、僧侶から武闘家に転職したマァムの「自分だけの攻撃方法」発見のエピソードも見物である。

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