第11回前編:科目を越えたリンクを自分で見つけてみよう

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「対話で研究する行政法

本連載も残すところあと2回(4記事)分となった。「もしも10年前の自分たちにちょくちょく出会うとしたら、どんなことを伝えるか?」という本ブログの趣旨を考えると、最後にぜひ伝えておきたいことがいくつかある。今回は私が研究者を志すことのきっかけとなった書物を紹介したうえで、そこから、法学学習者に心がけてもらいたい「異なる法学科目同士や関連社会科学科目との間でのリンクの張り方」、より一般的には「対象と手法の掛け合わせ」についてお話しすることとしたい。

学部3年生のときに出会った、人生の転機となる本

まず、私が開講しているゼミナール(横田ゼミ)の募集要項をみてほしい。

横田ゼミは「対話で研究する行政法」をテーマとし、最終的には自分で主体的に約3万字の卒論を書くことを目標とします。「行政法で3万字?」と尻込みするかもしれないですが、議論をするための基礎トレーニングから徐々にステップアップし、着実にプロジェクトを進める力を養いつつ進めていきます。ゼミ構想についてはこちら。http://togetter.com/li/573023 行政法Ⅰを受講中であり、行政法Ⅱを受講する予定であることが必要です。他領域の研究者や弁護士、公務員等のゲストとの対話も行います。必ずメールでガイダンス参加を申し込むこと(このメールも選考に含まれます)。総合的な力を高めたい真摯でチャレンジ精神のある学生の参加を心待ちにしております。

この募集要項にあるように、私のゼミのサブタイトルは「対話で研究する行政法」である。これは、私が学部3年生の冬休みに手にとって、強く影響を受けた書籍である、宇賀克也・大橋洋一・高橋滋(編著)『対話で学ぶ行政法 行政法と隣接法分野との対話』(有斐閣・2003年)をモデルとしたものである。同書は、法学学習者向けの雑誌「法学教室」での企画連載をまとめ、加筆修正されたものである。その特徴は、編者でもある行政法研究者が各回のホストとなり、憲法民法民事訴訟法、刑法、刑事訴訟法、商法、労働法の研究者とともに、行政法とそれらの法領域とを跨ぐテーマで対談をしていることにある。刊行元である有斐閣のサイトから目次を引用すると、次の通りである。

第1章 「行政法規違反行為の民事上の効力」…山本敬三&大橋洋一
第2章 「法の一般原則」…中田裕康&大橋洋一
第3章 「行政立法」…毛利 透&大橋洋一
第4章 「行政行為」…河上正二&大橋洋一
第5章 「行政上の義務履行確保」…高田裕成&宇賀克也
第6章 「行政罰」…川出敏裕&宇賀克也
第7章 「行政手続」…松井茂記&高橋 滋
第8章 「情報公開・個人情報保護」…長谷部恭男&宇賀克也
第9章 「行政事件訴訟法」…山本和彦&高橋 滋
第10章 「国家賠償法」…大塚 直&宇賀克也
第11章 「損失補償」…棟居快行&宇賀克也
第12章 「行政組織」…大石 眞&大橋洋一
第13章 「地方自治」…渋谷秀樹&高橋 滋
第14章 「公務員」…川田琢之&高橋 滋
第15章 「公 物」…松岡久和&大橋洋一

この本に出会ったことで、私は行政法という科目が、今まで学んできた憲法民法・刑法・商法・労働法とどのようにつながっているのか、そして当時学ぶ途中段階であった民事訴訟法や刑事訴訟法とはどのような関連があるのかが少しだけわかるようになった。そこから行政法が面白くなり、他の法学科目も行政法との関連を付けながら学ぶことで楽しくなっていき民事訴訟法と行政法の対話としてこの本の第9章でも取り上げられている、行政事件訴訟法をテーマに研究者としてのキャリアをスタートすることになったのである。
一つ例を挙げると、この本の161頁では、民事訴訟法学者の山本和彦先生と、行政法学者の高橋滋先生が、行政訴訟株主総会決議取消訴訟をテーマに、その類似性を指摘した上で行政事件訴訟法10条1項の制限は株主総会決議取消訴訟では対応するものがないことについて議論をしている。

行政事件訴訟法10条1項 取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消しを求めることができない。

取消訴訟の訴訟物(審理の対象)は、一般には「当該処分の違法性」と考えられており、一見、原告はその処分に関係のある違法事由をすべて主張できるようにみえる。たとえば、産業廃棄物最終処分場の設置許可が問題なら、原告(周辺住民)は自分の健康に関係があるという意味で問題になる「施設の安全性」だけでなく、その業者がきちんと経営ができるかどうか(この許可については「経理的瑕疵がないこと」が廃棄物処理法やその下位法令で許可要件となっている)についても主張できそうである。しかし、この10条1項があるために、「自分の利益とは関係のない」違法事由については主張することができない。上述の例では、「経理的瑕疵」に関連する議論が、「自己の利益と関係」があると言えるかどうかが問題となりうる。他方、商法(会社法)の株主代表訴訟における株主総会決議取消訴訟には、「自己の法律上の利益に関係のない違法」というような制限はかかっていない。こちらも、審理の対象が「当該決議の違法性」であるにもかかわらず、である。
法学部3年生のとき、商法と行政法を学ぶ時に「この二つ、『違法性』が対象になっている点では良く似ているなあ」となんとなく考えていたことが既に指摘されているばかりか、その先にさらに発想の種があることに、とても驚いた*1
また、同書の魅力はもう一つある。それは、対談の前半は学習者向けの確認的な内容が、後半はとても高度な議論が展開され、「研究者の発想とはここまで及ぶのか」と驚かされることである。例えば、第4章「行政行為」では、対談の冒頭、民法学者の河上正二先生が、学生のころに行政法を勉強したきりで、それ以後はまともに行政法を勉強していない、と述べたうえで、そんな人にもわかるように「法律行為と行政行為」の違いについて教えて欲しい、と大橋洋一先生に語りかけることから議論がスタートする(54頁)。大橋先生がそれを受けて学習者にもわかるように丁寧な解説を行い、それに対する学習者側の疑問を河上先生が発して・・・と、さらに応答していくうちに、議論はどんどん難しい方向に進んでいくのである。
さらに各章の末尾には、より深く勉強や研究をしたい人のために、両方の法領域についての基本書・教科書だけでなく、関連する研究書や論文集、論文等の参考文献が20件以上掲載されている。2003年に発刊された本ではあるものの、今現在このテーマについて研究するためには読み落とせない文献ばかりである。前半部分は学習者でもなんとかついていけるけれども、後半部分は正直いって難しい。しかし、なぜそのように発想したのかは、どの先生も丁寧に語っているのである。どうしてもわからなければ、本文で掲げられた文献や参考文献をひもとけば、何かわかるかもしれない・・・そんな気持ちにさせてくれる本であった。
このように、『対話で学ぶ行政法』という本は、私が行政法をより深く学ぶきっかけになったと同時に、大学卒業後の進路を考え始めていた自分に、「私ももっとこんな"リンク"を見つけてみたいなあ」という気持ちを強く植え付けた本でもあった。そのためには何になるのが一番良いのか・・・それは行政法の研究者だ。そう考えた私は、研究者への道を本気で志すようになった。

『対話で学ぶ行政法』からヒントを得たリンクの見つけ方

ここで今一度、『対話で学ぶ行政法』がとったリンクの見つけ方を整理してみよう。目次をみていただければわかるように、各章で取り上げられているテーマは、いずれも行政法の教科書に必ず載っている重要な項目である。しかし、いくつかの項目では、行政法の議論の出発点として、別の法領域での議論があることが指摘されている。他方、行政法学もその後に独自の発展を遂げていることから、実際に双方の現代における議論をお互いにつきあわせてみると、相違点や疑問点が出てくる。
これは、行政法に限った話ではない。同時期に読んだ佐伯仁志・道垣内弘人『刑法と民法の対話』(有斐閣・2011年)では刑法学者の佐伯先生と民法学者の道垣内先生が「不法原因給付」や「占有」などについて、お互いがお互いを教えつつ、とても高度な議論までたどり着くという対談を行っているし、各種の雑誌では、時事に即して専門家同士が対談する企画が展開されている。これらの企画に共通しているのは、「基本的な事項であっても、突き詰めて考えていくと、その先には別の法領域での議論がつながっている」ことに気づかされるということである。

対象と手法の掛け合わせ

法学科目同士でのリンクの見つけ方は、他にもある。それは、対象と手法を掛け合わせるというものである。

「縦割りの科目と横割りの科目」

次は、私が担当している「環境法」の講義第1回*2のレジュメに掲げた図を見ていただこう。
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この図は、講義を受講する3,4年生が今まで学んできた法学基本科目(横糸)と、これから学ぶ応用科目(縦糸)との関係を示した図である*3。応用科目のうち、労働法社会保障法、環境法、消費者法、情報法などは、いわば「領域ごとの法分野」である。つまり、法が適用される対象の特徴に即して、法制度のあり方を学ぶ科目である。これに対して、いままでの基本科目は、いわば「手法」であり、法がどのような考え方との関わりで成り立っているのかを示しているもの*4である。
応用科目を学ぶ者は、いままで憲法民法・刑法・・・と分かれていた知識を、ある特定の領域、たとえば環境法であれば、「環境」というフィールドにおいてどう使いこなすのかが問われている。例を環境法に即してあげてみると、公害の被害者から原因企業への損害賠償は民法不法行為法である(実際、不法行為法で学ぶ「共同不法行為」や「疫学的因果関係」などは、公害訴訟での議論が下敷きになっている)。また、廃棄物処理法に基づいて許可を出したり自ら廃棄物回収を行う地方公共団体の立場は、行政法である。また、許可を得ることなく廃棄物処理施設等を操業した場合には刑事制裁が科せられている。そして、これらが訴訟になれば、民事訴訟法、刑事訴訟法での議論が問題になることがある。因果関係の証明責任などは、被害を受けた住民と、実際に工場内部等までよく知っている原因企業とが争い、原告・被告間の情報格差が存在する公害訴訟では、常々問題になっているところである*5
また、情報法であれば、インターネット上の言論について、憲法で学んだ「表現の自由」や通信の秘密等が問題になるだけでなく、各種事業者の約款(利用規約)による規制や調整という観点からすれば、民法の知識も重要になる。また、しばしばネット上の書き込みによる名誉毀損やプライバシー侵害等が問題となることがあるが、それは民法・刑法の双方でその救済や制裁が考えられることとなる。そして、通信事業等を所管する行政機関の役割もまた期待され、行政法の知見も必要となる・・・といった具合である。その他、競争法や知的財産法、消費者法など、他の応用科目での議論も問題となる複合領域である。
情報法という分野に親しみがない方向けに、曽我部真裕・林秀弥・栗田昌裕『情報法概説』(弘文堂・2015年)の目次を刊行元の弘文堂ウェブサイトから引用すると次の通りである。詳細目次もリンク先にあるので、興味がある方は一読していただきたい。

第1編 総論
 第1章 情報法とその基本理念
 第2章 情報法の規律方法

第2編 情報流通の基盤
 第3章 通信と放送
 第4章 情報基盤をめぐる競争と規制
 第5章 媒介者責任

第3編 個人情報の保護と情報セキュリティ
 第6章 個人情報保護
 第6章補論 情報セキュリティ

第4編 違法有害情報
 第7章 わいせつ表現,児童ポルノ
 第8章 青少年保護
 第9章 名誉毀損・プライバシー
 第10章 著作権侵害

第5編 電子商取引
 第11章 電子商取引と消費者の保護
 第11章補論 携帯電話取引と消費者をめぐる課題
【事項索引・判例索引】

環境法や情報法を学ぶにあたっては、今までの基本科目での知識を、実際の社会問題に当てはめていくことが問われている。それだけでなく、「どんなルールを作れば適切な法執行までいけるのだろうか」「行政と市民の役割分担はどのようなものがあるだろうか」なども、単なるお題目や理想論ではなく、本当に社会のなかで機能するような形で考えていかなければならない。
一度「横割りの科目」である基本科目を学んだあと、縦割りの「領域ごとの応用科目」を学び、そしてもう一度「横割りの科目」の学習に戻っていく・・・そんな往復運動をしていくことで、法と社会のかかわり、法学を学ぶことの意義を再確認してもらえれば幸いである。

次回予告

次回は、法学だけでなく、他の関連する社会科学領域との間でもリンクを張ってみよう。私が千葉大学政経学部に着任してから考えた、法学研究者からみた、法と経済と政策の関係について、学生視点ではどのように考えることができるのかを述べることとしたい。

第11回【前編】まとめ

  1. 基本科目の基本的事項も、突き詰めて考えると他の領域につながっている
  2. 異なる領域の専門家同士の対話では、基礎の確認から最先端の議論にまで広がっていく
  3. 対象と手法を掛け合わせることで、学んだ内容を実践的に考えてみよう

*1:なお、この話にはさらに続きがある。後に当時から関心を有していた行政事件訴訟法10条1項について執筆する機会が与えられたのだ。これは個人的にとても嬉しかった(横田明美「取消訴訟の審理」高木光・宇賀克也(編)『行政法の争点(新・法律学の争点シリーズ8)』(有斐閣・2014年)122-123頁)。なお、産業廃棄物最終処分場の設置許可に関連して本文中で示した議論(周辺住民が経理的瑕疵まで主張可能かどうか)が争点となった千葉地判平成19年8月21日判時2004号62頁についても、拙稿で取り上げた。

*2:2014年度の環境法第1回講義は、なんと台風のため休講になってしまったので、講義時間とまったく同じペースでTwitter上の「模擬講義」を行った。
台風の #休講ニモマケズ 環境法初回講義(横田明美 @akmykt) - Togetterまとめ 
内容が気になる方は参照していただきたい。

*3:なお、色の濃さは関連度を示している。私自身が主観的に感じているものなので、だいたいの目安であると考えていただきたい。

*4:この図によく似たものとして、中川丈久「行政法における法の実現」佐伯仁志(編)『岩波講座現代法の動態2 法の実現手法』(岩波書店・2014年)111-154頁の112頁・図1法実現手段の複層性がある。中川論文での図は、縦糸としては「政策目的による法領域」として環境法、土地法・都市法、競争法、消費者法、知的財産法、税法、各種の業法・・・が並び、それらを横串にする横糸として、「政策目的の実現手段(手法)」が刺さっている。それは、行政法(行政手法)、民事法(民事手法)、刑事法(刑事手法)である。

*5:環境法の学習について、「対話」をする機会に恵まれた(これも大変嬉しい出来事だった)。北村喜宣『環境法(有斐閣ストゥディア)』(有斐閣・2015年)についての著者との対談である。
北村喜宣・横田明美「【対談】自著を語らせる―― 環境法教師からみたストゥディア『環境法』」(書斎の窓2016年1月号(643号)4-10頁と同内容が全文公開されている)
同書は法学未習者向けの環境法入門として執筆されており、その点からも興味深い。詳しくは対談で語ったほか、次回(第11回【後編】)、法と経済と政策との関係を考えるために取り上げる予定である。

第10回後編:自分の時間を可視化することが時間管理・体調管理の第一歩~法科大学院に進むあなたに

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進学2ヶ月後の体調不良を引き起こさないために

前回(第10回【前編】)は、「法科大学院進学後2ヶ月の間に、体調を崩す人が多い」という話で締めくくった。その理由は、法科大学院での「予習・復習」には、法科大学院自体の講義のための予復習(動的視点(横糸))に取りかかるよりももっと手前の段階、すなわち基礎知識(縦糸)の学習の隙間を埋める学習まで含まれていることに入学後気がついて、そのために手が回らなくなってしまうからである。

第10回【前編】についての二通りの感想

この話を書くと、大きく分けて2つの反応が返ってきた。

1)まだまだ自学が足りない――時間管理の必要性

1つは、「今の法科大学院生はそこまで自分を追い詰めるほど自学をしているのだろうか」という疑問である。これは、現在法科大学院で指導をしている先生方からいただいた。なぜそのように感じるのかと理由を聞いてみたところ、「院生と話をしていても、『教科書を3周読んできた』という割には、基礎的な用語や概念が頭に入っていないようで答えられない場合が多い」というコメントや、「自分が『受験生』である、というモードに入っておらず、いつまでも受け身で『教えてもらう』という意識が抜けていないように感じる」という先生もいた。
このようなコメントの背景を(まだ法科大学院の講義は担当しておらず、また法科大学院を修了してからもう8年経ってしまった身なので、やや外れているかもしれないが)私なりに検討してみると、やはり、基礎知識の学習が足りていないことに起因すると思われる。1つめのコメントのように、院生本人は学習しているつもりでも教員にはそれが伝わらない(おそらく、身についていないということ)という悲劇を回避するためには、インプットとアウトプットを行き来した自学をするという、既にこの連載で繰り返し述べてきた観点を取り入れてもらうしかないだろう*1
第5回前編:6ステップを踏まえて自分なりのインプット法を見つけよう - タイムリープカフェ
インプットだけでなく、アウトプットも行ってさらにインプットのやりかたをみつけよう


つまり、法科大学院2年生(未修2年目・既習1年目)においても基礎知識を補うための自学はまだまた必要であり、しかも講義の予習・復習と並行して行わなければならないのである。学部生とは異なり、法科大学院生はまったく時間が足りない。

2)徹夜で乗り切ろうだなんて無理――体調管理の必要性

もう一つの反応は、法科大学院修了生や、修了した後に法曹や研究者になった人たちからのコメントであり、「私も同じように法科大学院在学中に体調を崩しました」というものである。体調の崩し方は人それぞれで、既習1年目の前半に入院したという人や、体だけでなく心の調子を崩したという人、また目立った体調不良は無かったが体重が激減・激増したという人もいた。真面目にやろうとすれば、どこかで壁にぶつかってしまう。また、司法試験の受験や将来に関する不安から、精神的に疲労し、押しつぶされそうになることも多い。
様々なケースを聞いていると、私自身も該当する「法学部からそのまま法科大学院に進学した」人に共通する問題が浮き上がってきた。それは、「いつまでも若くないにもかかわらず、若さと気合いで乗り切ろうとしたこと」である。大学の学部からそのまま進学した場合、法科大学院既習1年目のときには22歳から24歳くらいのはずであり、まだ自分は若いつもりでいるのだけれども、だんだん無理がきかなくなってくる頃である。20歳くらいの頃は徹夜をしてもなんともなかったことから、睡眠を削れば何とかなる、と考えがちでもある。
しかし、勉強すべきことはどんどん増えていく上、睡眠時間や食事・休憩の時間を削ろうにも限界がある。例外的に短時間睡眠でも平気だという人もいるが、そのような人は太りやすくなってしまったり、気がつきにくいリスクを抱えていることもある。法科大学院生にとっては、体調管理も重要な課題である。

時間管理・体調管理も「自分で学ぶべき」こと

そこで今回は、時間管理・体調管理の必要性を踏まえ、その実践方法について語ることとしたい。冷静に考えてみれば、法科大学院に進学せずに就職した場合、22歳~24歳という年代は「社会人一年目~三年目」の段階である。そこでは、仕事の内容そのものだけでなく、仕事の進め方や自分の時間・体調の管理も働きながら身につけなければ、ステップアップしていくことができないと思われる。それと同じで、法科大学院生も、単に法曹になるための学習をするだけでなく、法曹になってから一人前の「仕事」をするための時間管理や体調管理の方法を身につけなければならない*2。膨大な予習復習負担は、「仕事」をする人間としての基礎的素養を身につけるための試練でもある。
しかし、このようなことはなかなか教えてもらえるものでもないし、人によって生育環境や体質等が違うため、万人向けの方法があるというものでもない。そこで、以下では時間管理・体調管理というものを考えたことがあまりない人むけに、ごくごく初歩的な事柄だけを、法科大学院に通学している人を想定して記述することにしたい。これを出発点にして、「自分なりの時間管理・体調管理方法」を作り上げるためのステップを考えていただきたい。なお、「やることを管理する」という意味で、一般には「タスク管理」という言葉もよく用いられている。

時間管理の基本~自分が使える時間の枠を一週間単位で書き出そう

自分が担当している学生が忙しそうにしているとき、私が必ず尋ねる質問がある。
「手帳はどんなものを、どんな用途のために使っていますか?」
これに対する答えは様々で、最も多いのが、月間ブロック(マンスリータイプ)の手帳に、興味のあるイベントやレポート・提出書類の締切り等を書き込んでいるという返答である。これには、スマートフォン等のカレンダーアプリで予定を管理している人も含まれる。これは、人との約束を忘れないために手帳を使うという考え方である。
しかし、ここで用意してもらいたいのは、一週間の時間を見開きで管理できる週間(ウィークリー)タイプの手帳で、しかも時間軸が縦(バーチカル)に配列された手帳である。このような形式を、ウイークリーバーチカルタイプという。
学生にも手に取りやすい値段(500円~1000円)の手帳としては、コクヨのキャンパスノートを手帳化した「キャンパスダイアリーシリーズ」や、成美堂出版の「プラチナダイアリー・プレステージ」などがある。ウイークリーバーチカルタイプの手帳のイメージがわかない方は、以下のリンク先で確認していただきたい。
商品ラインアップ|コクヨ ダイアリー2016|商品情報|コクヨ ステーショナリー
コクヨのキャンパスダイアリーシリーズの一覧です

破格にお得! 「プラチナダイアリー・プレステージ」(成美堂出版) #bungu #techo #手帳: 館神blog
手帳評論家の館神龍彦氏によるブログでも紹介されています


もし、手帳を買うお金がないという人や、とりあえずお試しでやってみるという人は、一冊ノートを用意して、自分で線を引くだけでもよい(実際、そのように試してみた学部生もいた)。
このウイークリーバーチカルタイプの手帳を、他人との約束を守るために使うのではなく、「自分の時間を可視化する」ために使おう。

自分の時間を可視化してみよう

この一週間の予定表に、まずは自分がどうしても出なければならない予定(もともと手帳などに書き込んでいた他人との約束)を書き込んでみよう。そのうえで、「絶対にやらないといけないが、やる時間が決まっていないこと」も、欄外に書き出してみよう。できれば、だいたいこれくらい時間がかかるという見積もりを立てて、その幅のふせんなどを活用するとよい*3
実際に、自分が既習者コースに入学した直後に考えていた時間割を書き出してみると、次のようになった。
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ややバイトにかける時間が多いように思われるかもしれないが、当時の私は、学費を貸与奨学金でまかなっていたし、博士課程進学をすればさらに社会人になる時期が遅れ、貸与奨学金を受け続けることになるのだから、少しでも多く稼いでおく必要があると考えていた*4
また、見慣れない「ドイツ法」とそれに対応する「ドイツ語文献翻訳」の欄がある。これは、当時から博士課程への進学を検討していたために取っていた演習科目であり、行政法のドイツ語文献を読むゼミであった。
さて、それではこの見通しはどうなっただろうか。欄外に書いた、「授業のための自学として必要な時間」がどうなったのかも含めて書き込んでみよう。
ゴールデンウィークが明けて自分が倒れることになった直前のスケジュールはひどいことになっている。実際には青い項目の「○○復習」は、1時間枠では収まらず、2時間ほどかかることも多かった。ドイツ法のゼミ(ドイツ行政法文献講読演習)についても、予習が何時間も必要であることがわかり*5、火曜日は帰宅後ほぼ徹夜をして翻訳をするはめになってしまっていた。「憲法」、「民訴」や「刑訴」など、他の講義の予習も一筋縄でいかないことがわかった。要するに、当初見込みの倍くらい自学の時間が必要であり、さらにそれらに加えて実務科目のレポートなど、想定以上に時間がかかる課題もあることが追い打ちをかけた。

実際の活動時間はどうなっているかを記録してみよう

そのため、実際の活動時間は以下の図のようになってしまっていた。
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いま冷静にこの時間割をみると、明らかにバイトに時間をかけすぎである*6し、司法試験のための勉強(択一問題を解くなど)にまったく時間を割けていないことがわかる*7。特に、赤字で書き込んだように、教員に授業後質問をする時間が必要だったり、無理がたたって寝坊してしまったり、自学に時間がかかったりと、人は計画通りに動くことはできない。特に「無理がたたって寝坊」することからも、どこかできちんと休まなければならなかったことがわかる。
今の目でこのスケジュールを修正できるだろうか、としばし考えてみた。まず、眠る時間と起きる時間は一定にすべきだし、火曜日の夜など、いくら予習が終わらないからといってドイツ法の予習のために遅くまで粘って3時間睡眠にしているのはやりすぎでしょ・・・と過去の自分に言いたいことはたくさんあるのだけれども、当時は「予習だって終わらないし、学部のときに全部終わってなかった科目の復習もやっとかないとついていけないし、ほんと、どうしていいのかわからないよ!!」と考えてしまっていた。
しかし、このスケジュールでは長くは続かないうえ、必ずどこかで健康を害してしまうので、予習にメリハリをつけるなど「手抜き」をするか、そもそも長い通学時間そのものをどうにかする(通学時間に電車内で座って予習ができるように、乗る路線やタイミングを変えてみるなど)など、もっとやり方があったように思う。
また、予習復習に多くの時間がかかってしまっていたこと自体も見直す必要があった。その原因の一つに、ノートの取り方があまり安定していなかった点がある。当初はすべて手書きでノートをとっていたところ、社会人経験があるクラスメイトの勧めもあって途中からパソコンでのブラインドタッチでのノートテイクに切り替えた。すると、自分が予習した内容と講義内容の復習とを結びつけることがしやすくなったので、予習と復習にかける時間が圧縮できるようになった*8。このことは法科大学院の講義を受けるうちに試行錯誤して身につけたことだが、学部のうちから少しずつ練習しておけばと後悔したことでもある。

理想と現実のギャップを可視化する

このように、実際に書き出してみるだけでも、それ自体が「時間管理」・「体調管理」の作業になることにお気づきだろうか。「いま冷静にこの時間割をみる」という、この振り返りの視点を持つことができれば、自分の行動予定を見直すことができる。難しい道具は要らない。手帳、あるいはノートと、「書き出してみる時間」さえあればいい。私自身はこの作業を、夕食の時間(外食であれば、注文後待っている時間など)に行うようにしている。毎日行うことはできなくても、一週間に一度、このような振り返りの時間を持つようにしてみてほしい。個人的にお薦めな時間帯は、土曜日の午前中である(他の予定が入りにくく、何かしたいのならばその日の午後と日曜日が残っている)。

時間管理はいつ始めても早すぎることも、遅すぎることもない

ここまでの記述をみて、「そんな当たり前のこと今更」というように感じた人は、ぜひそのまま自分なりのやり方を続けていただきたい。その一方で、「そんなこと考えたこともなかった」という人は、今すぐ、この週末からでも遅くないので、やってみていただきたい。
この時間管理・タスク管理に関しては既にいろいろなところでブログ記事を書いた*9し、またこの連載のイラスト担当でもある岡野純さんも、とてもわかりやすい本を何冊も執筆している。学生には特に、『マンガでわかる!幼稚園児でもできた!タスク管理超入門』がおすすめである。全編カラーの漫画形式で、タスク管理の基本をわかりやすく紹介している*10
純コミックス |
岡野純さんのオフィシャルブログ右欄をご覧ください

「やることを管理する」というと、当たり前すぎて誰も教えてくれないが、やりたいこと・やるべきことの時間をしっかり確保するという観点に立ってみて、自分の時間と体力の使い方を見なおす機会を持つようにしていただきたい。

次回予告

第11回では、私が研究者を志すきっかけにもなった、「他の学問領域や他の法学領域と『対話』すること」について取り上げたい。領域を横断して問題を考えるとはどういうことだろうか。自分の知識や考え方にリンクを張るやり方を考えてみよう。

第10回【後編】まとめ

  1. 基礎知識の身につけ方をもう一度確認してみよう
  2. 自分の時間と体調を管理するやり方も、自分で見つけるしかない
  3. 第一歩として、自分の時間を可視化してみよう

*1:具体的には、「○○とは何か、説明せよ」などというような一行問題を実際に書き出して解いてみて、自分が本当の意味で理解しているのかどうかをきちんと確かめながらインプットを行うといいだろう。 第10回【前編】で紹介したケースブックにもそのような問題が含まれていた(第2問がそれに当たる)し、基礎学力を確かめるためには単に「教科書を何周も読んだ」だけでは足りず、実際に頭の中から出してみることができるかどうか、をきちんと確かめておくべきである。

*2:専門職を志すということは、自分で時間管理・体調管理ができるということが前提であり、忙しすぎて倒れてしまうようでは結局やっていけなくなることに留意してほしい。

*3:ふせんの上に書き出しておけば、空いている時間のどこで行うのかがわかるようになる。ふせんと手帳を使った応用編については、以下の記事を参照(先に、後述する「ぱうぜセンセのコメントボックス」の記事等を読んでから読むことを勧める)。
 付箋とほぼ日手帳カズンで「アナログタスクシュート」をやってみよう - カフェパウゼをあなたと

*4:この時点ではまだ両親に博士課程進学を相談していなかったこともあり、お金がなければ進学できない、と考えていたことにも起因している。

*5:この文献は19世紀後半の書物で、いわゆる「ひげ文字」だったこともあって、最初の1ヶ月はそもそも文字として認識できていないところがたくさんあったことから、辞書を引くことだけでも異常な時間がかかった。

*6:結局、在学中に別の種類のバイトに変更し、時間数も減らした。

*7:法科大学院の講義について行くことに精一杯で、時間も、体力も、気力も足りていなかった。

*8:もっとも、パソコンでのノートテイクを行うとついつい教員や他の学生が言ったことをメモすることに気を取られてしまい、講義中に考えたことなどの【内なる声】のメモが難しくなりがちなので、その点は注意が必要である。私自身の工夫としては、教員の言ったことや他の学生の言ったことをメモするだけでなく、自分で考えたことも意識的に一緒にメモし、【内なる声】であることが後からわかりやすいように冒頭に☆印をつけるなどの対策を取った。

*9:特に、「ぱうぜセンセのコメントボックス」では、「やることいっぱいどうしよう?」という連続企画で、タスク管理の初歩を解説した。
やることいっぱいどうしよう?!その1:下ごしらえと3つの方策
すべて書き出すことが大事

やることいっぱいどうしよう?その2:キャパシティを広げるには
自分が「普通」にできることを広げていこう

やることいっぱいどうしよう?その3:「やることリスト」をいじってみよう
タスクを分解して優先順位をつけてみよう

やることいっぱいどうしよう?その4:どうせやるなら二毛作
「一粒で二度おいしい」ことを探してみよう

学部1,2年生を想定して書いた記事であるが、法科大学院生にも活用できるだろう。

*10:なお、同書は紙版(1080円)とKindle版(変動することがあるが500円前後であることが多い)があり、スマホをよく使う学生にはKindle版をすすめている。スマホでの使い方やクレジットカードなしでの利用法についても、岡野さんが解説している。
スマホさえ持っていれば電子書籍(Kindle本)は買えるし読める!買い方を4コマでご紹介! | 純コミックス
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